第三章 わがまま王女さま、小数を勉強するの巻 ③

次の日の朝、算数大先生が子どもたちをつれて王女さまの勉強室に入っていくと、王女さまはもう席に着いていました。

 算数大先生は、「おや、なんとめずらしい。いつも遅刻ばかりしている王女さまが、先生より先に教室に来て、静かに席に着いていらっしゃるとは。いったい王女さまは、どうなさったのか・・・」と思いましたが、それは言わないでおいたほうがよかろうと思いました。それに、きょうは、そんなことよりもっと大事なおねがいを王女さまにしなければなりませんでした。

「王女さま、たいへん申し上げにくいことでございますが、本日もまた、この王女さまのお勉強室をお借りして、子どもたちに勉強をさせとうございますが、いかがでございましょうか。」

 算数大先生は、えんりょしながら王女さまにたずねました。もし王女さまにことわられたら、いったいどうしたらよかろうか、と心配しながらたずねたのでした。けれども王女さまからは、きげんのよい返事がかえってきました。

「ええ、けっこうよ。」

 算数大先生は、ほっと胸をなでおろしました。

「これは王女さまのご親切なおことば。ありがとうございます。

 その上にもうひとつ、たいへんあつかましいお願いでございますが、本日もまた王女さまに、子どもたちの先生になっていただけませんでしょうか。」

「そらきた」と、王女さまは言ったでしょうか。

 いいえ。王女さまは、「あら、わたしは、はじめからそのつもりよ」と言いました。

「さあ、おまえたち、わたしが出しておいた宿題、やってきたでしょうね。」

「しーん。」

「おや、わたしが出しておいた宿題を、だれもやってこなかったというの。そんなことって、あるはずないわ。ひとりぐらいは、やってきたでしょう。さあ、宿題をやってきたひと。」

「しーん。」

「まあ、何ということ。あんなかんたんな宿題が、できないはずないわ。おまえたち、みんな・・・」

 王女さまが言いかけると、算数大先生があわてて前に出てきました。

「あわわわ、王女さま、それはなりません。むち打ちの刑も、ばけつを持って立っていなさいの刑も、そのほかどんな刑も、子どもを相手に、刑などなさってはなりません。さあ、子どもたち、宿題ができていないわけを、王女さまにちゃんと説明しなさい。わけがわかれば、王女さまはおまえさんたちに罰をあたえたりはなさらないから、しっかりとご説明しなさい。」

 すると、ひとりの女の子が進み出て言いました。

「わたしたちがだれも宿題をしてこなかったのは、あそんでいたからではありません。お鼻の高さを計る方法が、どうしてもわからなかったのです。」

「そんなこと、いいわけになりません。ひとのお鼻ぐらい、ただものさしを当てて計ればいいのです。」

 王女さまは、きびしい声で言いました。

「いいえ、王女さま、お鼻というのは、一本の棒ではなくて、遠い、東洋の国にあるという富士のお山や、エジプトのピラミッド、人によってはスフィンクスによく似た形をしています。ですから、平面なら「三角形」、立体なら「三角錐」の高さを計るのと同じ方法でお鼻の高さを計らなければなりません。わたしたちは学校に行っていないから、三角形や三角錐の高さを計る方法を知らないのです。」

「自分が知らなかったら、どうしてきょうだいや父親、母親に聞かなかったの?」

「聞きました。でも、お兄さんも、お姉さんも、お父さんも、お母さんも、みんな学校に行ってないから、そんなむずかしいことは習っていないのです。」

「そんなこと、ひとから習うまでもないことだわ。こうやって、ものさしを当てて計ればすむことよ。ほら。あら・・・」

 王女さまは、はた、と困ってしまいました。なるほど、ものさしは鼻にぴたりと当たりません。鼻のてっぺんとものさしの間に、どうしてもすきまができるので、鼻の高さは2.7センチのように見えたり、3.2センチのように見えたりします。これではどうも、ものさしを当てるだけでは、正確な高さはわからないようです。

「なるほど、わかったわ。それなら、宿題をやってこなかったことを許してあげましょう。そのかわり、これからお前たちの身体検査をします。」

「えーっ。そんなあ!」

 王女さまの「身体検査」ということばを聞いて、教室の中は大さわぎになりました。

「ぼく、何もぬすんでないぞ。なんで、身体検査なんかされなきゃならないんだ。」

「あ、持ち物検査とまちがえてる。」

「わたし、身体検査でも、持ち物検査でも、検査って、とにかくきらいよ。」

「先生、何のために検査なんかするんですか。」

 みんなが、口々に言いました。

 算数大先生は、みんなを静かにさせようとして、「しずかに! しずかに!」と大声をはりあげました。

「ああ、うるさい。おしゃべりを、おやめ。さもないと・・・」

 王女さまの「さもないと」ということばを聞いて、教室の中は、ぴたりと静かになりました。

「なんにも数字がなくては勉強できないから、みんなの身長でも計ってみようとおもっただけなの。」

 王女さまのことばを聞いて、みんなはやっと安心しました。

「身長って、背の高さのことでしょう。それなら、わたし、知ってる。わたしのうちでは、毎年33日に柱の前に立って、どこまで背が伸びたか、印をつけてもらうことになっているんです。」

「あれ、おかしいなあ、『柱のきーずは、おととーしのー』っていう、あれだろう? あれは、33日じゃなくって、55日じゃなかったかなあ。」

「いいのっ。よそのうちはどうでも、わたしのうちでは、こうなんだって、かあさん、言ってるわ。」

 子どもどうしの言い合いがはじまりそうなので、王女さまが、間にわって入りました。

3月だって、5月だって、その間に身長がちがってしまうわけはないから、どっちでもいい。3月でも5月でも、去年でも、今年でもいいから、自分の身長を計ってもらったひと。」

「はーい。」

 みんないっせいに、手をあげました。

「では、あなた。お名前と身長を言いなさい。」

 王女さまは、いちばん前の列にちょこんとすわっている、小さな女の子にあてました。

「わたし、さくらです。ちょうど桃の花がおわったころに生まれたので、それなら桜のさきどりだって、お父さんが『さくら』っていう名をつけてくれました。」

「そうなの。よかったわね。それで、身長は?」

「わたし、『しんちょう』って、なんのことか、わからないんです。」

「あなたのおうちでは、柱にきずをつけなかったの?」

「ああ、あれのこと。わたしのうちは、ひとからかりているうちだから、柱にじかにきずをつけるわけにはいかないって、お父さんが、柱と同じ長さの板を買ってきて、これにきずをつけようとしました。そうしたら、お母さんが、『人間がどんなに大きくなっても、そんな高さまで背がのびるなんてことないから、板は半分の長さでよかったかもしれないわね』とやさしく言いました。そしたら、お父さんが、『ほんとにそうだったね、おまえの言うとおりだよ』って、板を半分に切りました。」

「まあ。」

「それじゃあ、そのいらなくなった半分をどうしようかということになって、お父さんとお母さんが相談しているところに、りょうちゃんのお父さんがやってきて、『その半分になった板、うちのりょうすけのためにくれないか』と言いました。お父さんが、『ああ、いいよ、どうせいらなくなったものだ、持っていきな』と言いました。」

「ああ、わかったわ。それで、りょうすけ君のうちでも、柱ではなくて、一枚の板にきずをつけるわけね。」

 王女さまは、さくらちゃんの話が長くなりそうなので、先に話の続きを言ってしまいました。

「ところが、そうじゃないんだ。」

りょうすけ君が言いました。

「長い話を一気にちぢめて、手短にいうとね、さくらちゃんはまだ、ちっちゃいからよかったけれど、ぼくはどんどん背がのびて、柱の半分の長さじゃ、足りなくなっちゃったんだ。それで父さんがね、いつもぼくたちに言うんだ。『いいか、ひととものを分けるって、とってもむずかしいことなんだ。分けてしまったあとからじゃ、もう、とりかえしがつかないから、分ける前に、ほんとうに分けてもいいか、よく考えないといけない』ってね。」

「だから、りょうちゃんはね」

 と、さくらちゃんが言いました。

「おかしでもなんでも、わたしが『分けて』ってたのんでも、すぐには分けてくれないのよ。」

 すると、りょうすけ君が、むっとした顔になっていいました。

「ぼくは、父さんの教えを守って、ほんとうに分けてもいいかどうか、よく考えているだけなんだ。けっきょく、いつも分けてやってるじゃないか。」

「だって・・・。」

 と、りょうすけ君とさくらちゃんの間で、口げんかがはじまりそうになりました。

「ああ、もう、その話はおしまい、おしまい。これからは、みんな、説明なんかせずに、自分の名前と身長だけ言いなさい。」

「はーい。」

「わたし、なぎ子です。身長は、1メートル55センチです。」

「ぼくは、正太郎。ちょうど1メートル半。」

「わたし、雪子。97センチ。」

「ごん吉。あと2センチで1メートル60。」

「わたしは、とし子です。163センチです。」

「ぼく、かずお。87センチです。」

「春子です。1.43メートルです。」

 一人ひとりが、自分の身長を言いました。

 王女さまは、子どもたちの名前と身長を、表にして、黒板に書きました。

 

 名 前

    身  長

 

 なぎ子

 1メートル55センチ

 

 正太郎

 1メートル半

 

 雪子

 97センチ

 

 ごん吉

 あと2センチで1メートル60

 

 とし子

 163センチ

 

 かずお

 87センチ

 

 春子

 1.43メートル

 「みんな、ありがとう。おもしろい表ができたわ。」

 王女さまは、黒板をながめて、満足そうに言いました。

「それでは・・・」

 と、王女さまが言いかけたときでした。

「あれれれ。おれたち、どうなるの?」

 うしろの方で声がしました。そうり大臣のむすこのポジョン君でした。

「そうだ、そうだ。」

「そうよ、そうよ。」

 仲間たちも、ポジョン君に加勢しました。

「あら、あなたたちの身長を聞かないうちに、表がいっぱいになってしまったわね。どうしたらいいかしら。」

 王女さまは、これは困った、という顔で教室中を見わたしました。

「かんたん、かんたん。黒板がまだ空いてるんだから、横にもう一つ表を作ればいいじゃないか。」

 ポジョン君が言いました。

「そうだ、そうだ。カンタン、カンタン。」

「そうよ、そうよ。カンタン、カンタン。」

 仲間たちが、またポジョン君に加勢して言いました。

「なるほど、そうね。それじゃあ、お前、出てきて、となりにもう一つ、これと同じ表を作りなさい。」

「そんなの、かんたん、かんたん。」

 ポジョン君が言うと、仲間たちも、

「カンタン、カンタン。」

 と言って応援しました。

 

            そうれ、カンタン

            ほら、カンタン

            かんたんすぎて

            ほら、チョイ、チョイ

 

 仲間たちの声援に守られてポジョン君が黒板に書いたのは、こんな表でした。


grid.png


「うーん。」

 王女さまは、心の中でうなりましたけれども、まあ、がまんすることにしました。

「よくできました。では、これから残りのみんなに、名前と身長を言ってもらうから、お前が作った表に、それを書き込みなさい。」

「ええーっ!」

 

            「ええーっ!」とおどろく

            ボジョンくん

            勉強のきらいな

            ポジョンくん

            ひとの名前なんか

            書けっこない!

 

「なにーっ。」

 みんなに、はやしたてられて、ポジョン君は、真っ赤な顔になって怒りました。

「おい、ペダゴジ、お前のオヤジ、教育大臣だろ。お前のオヤジが学校なくしたせいで、おれは、ひらがなも、カタカナも、漢字も、ローマ字も、センチだって、メートルだって、なんにも教われなかったんだぞ。これはみんなお前のオヤジのせいだ。だから、むすめのお前が責任取って、みんなの名前、お前が書け。」

「なによ。あなた、もともと、勉強なんかしなかったくせに。」

「なんだと、このベタゴジめ。」

「あ、あたしのこと、ベタゴジだなんて言ったわね。ゆるさないから。」

 ポジョン君とペダゴジちゃんの間で、言い合いがはじまりました。

「ああ、うるさい・・・」

 と、王女さまが言いかけたときでした。

 

 はーるの のはらを

 ながむーれーば

 せり、なずな

 ごぎょう、はこべら

 ほとけのざ

 すずな、すずしろ

 これぞ、なーなくさ

 

 と、歌声が聞こえてきました。それも、ひとり、ふたりの歌声ではなく、大勢がいっしょに歌っている声です。

 

つづく

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This page contains a single entry by ssakai published on May 20, 2011 3:28 AM.

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