次の日の朝、算数大先生が子どもたちをつれて王女さまの勉強室に入っていくと、王女さまはもう席に着いていました。

 算数大先生は、「おや、なんとめずらしい。いつも遅刻ばかりしている王女さまが、先生より先に教室に来て、静かに席に着いていらっしゃるとは。いったい王女さまは、どうなさったのか・・・」と思いましたが、それは言わないでおいたほうがよかろうと思いました。それに、きょうは、そんなことよりもっと大事なおねがいを王女さまにしなければなりませんでした。

「王女さま、たいへん申し上げにくいことでございますが、本日もまた、この王女さまのお勉強室をお借りして、子どもたちに勉強をさせとうございますが、いかがでございましょうか。」

 算数大先生は、えんりょしながら王女さまにたずねました。もし王女さまにことわられたら、いったいどうしたらよかろうか、と心配しながらたずねたのでした。けれども王女さまからは、きげんのよい返事がかえってきました。

「ええ、けっこうよ。」

 算数大先生は、ほっと胸をなでおろしました。

「これは王女さまのご親切なおことば。ありがとうございます。

 その上にもうひとつ、たいへんあつかましいお願いでございますが、本日もまた王女さまに、子どもたちの先生になっていただけませんでしょうか。」

「そらきた」と、王女さまは言ったでしょうか。

 いいえ。王女さまは、「あら、わたしは、はじめからそのつもりよ」と言いました。

「さあ、おまえたち、わたしが出しておいた宿題、やってきたでしょうね。」

「しーん。」

「おや、わたしが出しておいた宿題を、だれもやってこなかったというの。そんなことって、あるはずないわ。ひとりぐらいは、やってきたでしょう。さあ、宿題をやってきたひと。」

「しーん。」

「まあ、何ということ。あんなかんたんな宿題が、できないはずないわ。おまえたち、みんな・・・」

 王女さまが言いかけると、算数大先生があわてて前に出てきました。

「あわわわ、王女さま、それはなりません。むち打ちの刑も、ばけつを持って立っていなさいの刑も、そのほかどんな刑も、子どもを相手に、刑などなさってはなりません。さあ、子どもたち、宿題ができていないわけを、王女さまにちゃんと説明しなさい。わけがわかれば、王女さまはおまえさんたちに罰をあたえたりはなさらないから、しっかりとご説明しなさい。」

 すると、ひとりの女の子が進み出て言いました。

「わたしたちがだれも宿題をしてこなかったのは、あそんでいたからではありません。お鼻の高さを計る方法が、どうしてもわからなかったのです。」

「そんなこと、いいわけになりません。ひとのお鼻ぐらい、ただものさしを当てて計ればいいのです。」

 王女さまは、きびしい声で言いました。

「いいえ、王女さま、お鼻というのは、一本の棒ではなくて、遠い、東洋の国にあるという富士のお山や、エジプトのピラミッド、人によってはスフィンクスによく似た形をしています。ですから、平面なら「三角形」、立体なら「三角錐」の高さを計るのと同じ方法でお鼻の高さを計らなければなりません。わたしたちは学校に行っていないから、三角形や三角錐の高さを計る方法を知らないのです。」

「自分が知らなかったら、どうしてきょうだいや父親、母親に聞かなかったの?」

「聞きました。でも、お兄さんも、お姉さんも、お父さんも、お母さんも、みんな学校に行ってないから、そんなむずかしいことは習っていないのです。」

「そんなこと、ひとから習うまでもないことだわ。こうやって、ものさしを当てて計ればすむことよ。ほら。あら・・・」

 王女さまは、はた、と困ってしまいました。なるほど、ものさしは鼻にぴたりと当たりません。鼻のてっぺんとものさしの間に、どうしてもすきまができるので、鼻の高さは2.7センチのように見えたり、3.2センチのように見えたりします。これではどうも、ものさしを当てるだけでは、正確な高さはわからないようです。

「なるほど、わかったわ。それなら、宿題をやってこなかったことを許してあげましょう。そのかわり、これからお前たちの身体検査をします。」

「えーっ。そんなあ!」

 王女さまの「身体検査」ということばを聞いて、教室の中は大さわぎになりました。

「ぼく、何もぬすんでないぞ。なんで、身体検査なんかされなきゃならないんだ。」

「あ、持ち物検査とまちがえてる。」

「わたし、身体検査でも、持ち物検査でも、検査って、とにかくきらいよ。」

「先生、何のために検査なんかするんですか。」

 みんなが、口々に言いました。

 算数大先生は、みんなを静かにさせようとして、「しずかに! しずかに!」と大声をはりあげました。

「ああ、うるさい。おしゃべりを、おやめ。さもないと・・・」

 王女さまの「さもないと」ということばを聞いて、教室の中は、ぴたりと静かになりました。

「なんにも数字がなくては勉強できないから、みんなの身長でも計ってみようとおもっただけなの。」

 王女さまのことばを聞いて、みんなはやっと安心しました。

「身長って、背の高さのことでしょう。それなら、わたし、知ってる。わたしのうちでは、毎年33日に柱の前に立って、どこまで背が伸びたか、印をつけてもらうことになっているんです。」

「あれ、おかしいなあ、『柱のきーずは、おととーしのー』っていう、あれだろう? あれは、33日じゃなくって、55日じゃなかったかなあ。」

「いいのっ。よそのうちはどうでも、わたしのうちでは、こうなんだって、かあさん、言ってるわ。」

 子どもどうしの言い合いがはじまりそうなので、王女さまが、間にわって入りました。

3月だって、5月だって、その間に身長がちがってしまうわけはないから、どっちでもいい。3月でも5月でも、去年でも、今年でもいいから、自分の身長を計ってもらったひと。」

「はーい。」

 みんないっせいに、手をあげました。

「では、あなた。お名前と身長を言いなさい。」

 王女さまは、いちばん前の列にちょこんとすわっている、小さな女の子にあてました。

「わたし、さくらです。ちょうど桃の花がおわったころに生まれたので、それなら桜のさきどりだって、お父さんが『さくら』っていう名をつけてくれました。」

「そうなの。よかったわね。それで、身長は?」

「わたし、『しんちょう』って、なんのことか、わからないんです。」

「あなたのおうちでは、柱にきずをつけなかったの?」

「ああ、あれのこと。わたしのうちは、ひとからかりているうちだから、柱にじかにきずをつけるわけにはいかないって、お父さんが、柱と同じ長さの板を買ってきて、これにきずをつけようとしました。そうしたら、お母さんが、『人間がどんなに大きくなっても、そんな高さまで背がのびるなんてことないから、板は半分の長さでよかったかもしれないわね』とやさしく言いました。そしたら、お父さんが、『ほんとにそうだったね、おまえの言うとおりだよ』って、板を半分に切りました。」

「まあ。」

「それじゃあ、そのいらなくなった半分をどうしようかということになって、お父さんとお母さんが相談しているところに、りょうちゃんのお父さんがやってきて、『その半分になった板、うちのりょうすけのためにくれないか』と言いました。お父さんが、『ああ、いいよ、どうせいらなくなったものだ、持っていきな』と言いました。」

「ああ、わかったわ。それで、りょうすけ君のうちでも、柱ではなくて、一枚の板にきずをつけるわけね。」

 王女さまは、さくらちゃんの話が長くなりそうなので、先に話の続きを言ってしまいました。

「ところが、そうじゃないんだ。」

りょうすけ君が言いました。

「長い話を一気にちぢめて、手短にいうとね、さくらちゃんはまだ、ちっちゃいからよかったけれど、ぼくはどんどん背がのびて、柱の半分の長さじゃ、足りなくなっちゃったんだ。それで父さんがね、いつもぼくたちに言うんだ。『いいか、ひととものを分けるって、とってもむずかしいことなんだ。分けてしまったあとからじゃ、もう、とりかえしがつかないから、分ける前に、ほんとうに分けてもいいか、よく考えないといけない』ってね。」

「だから、りょうちゃんはね」

 と、さくらちゃんが言いました。

「おかしでもなんでも、わたしが『分けて』ってたのんでも、すぐには分けてくれないのよ。」

 すると、りょうすけ君が、むっとした顔になっていいました。

「ぼくは、父さんの教えを守って、ほんとうに分けてもいいかどうか、よく考えているだけなんだ。けっきょく、いつも分けてやってるじゃないか。」

「だって・・・。」

 と、りょうすけ君とさくらちゃんの間で、口げんかがはじまりそうになりました。

「ああ、もう、その話はおしまい、おしまい。これからは、みんな、説明なんかせずに、自分の名前と身長だけ言いなさい。」

「はーい。」

「わたし、なぎ子です。身長は、1メートル55センチです。」

「ぼくは、正太郎。ちょうど1メートル半。」

「わたし、雪子。97センチ。」

「ごん吉。あと2センチで1メートル60。」

「わたしは、とし子です。163センチです。」

「ぼく、かずお。87センチです。」

「春子です。1.43メートルです。」

 一人ひとりが、自分の身長を言いました。

 王女さまは、子どもたちの名前と身長を、表にして、黒板に書きました。

 

 名 前

    身  長

 

 なぎ子

 1メートル55センチ

 

 正太郎

 1メートル半

 

 雪子

 97センチ

 

 ごん吉

 あと2センチで1メートル60

 

 とし子

 163センチ

 

 かずお

 87センチ

 

 春子

 1.43メートル

 「みんな、ありがとう。おもしろい表ができたわ。」

 王女さまは、黒板をながめて、満足そうに言いました。

「それでは・・・」

 と、王女さまが言いかけたときでした。

「あれれれ。おれたち、どうなるの?」

 うしろの方で声がしました。そうり大臣のむすこのポジョン君でした。

「そうだ、そうだ。」

「そうよ、そうよ。」

 仲間たちも、ポジョン君に加勢しました。

「あら、あなたたちの身長を聞かないうちに、表がいっぱいになってしまったわね。どうしたらいいかしら。」

 王女さまは、これは困った、という顔で教室中を見わたしました。

「かんたん、かんたん。黒板がまだ空いてるんだから、横にもう一つ表を作ればいいじゃないか。」

 ポジョン君が言いました。

「そうだ、そうだ。カンタン、カンタン。」

「そうよ、そうよ。カンタン、カンタン。」

 仲間たちが、またポジョン君に加勢して言いました。

「なるほど、そうね。それじゃあ、お前、出てきて、となりにもう一つ、これと同じ表を作りなさい。」

「そんなの、かんたん、かんたん。」

 ポジョン君が言うと、仲間たちも、

「カンタン、カンタン。」

 と言って応援しました。

 

            そうれ、カンタン

            ほら、カンタン

            かんたんすぎて

            ほら、チョイ、チョイ

 

 仲間たちの声援に守られてポジョン君が黒板に書いたのは、こんな表でした。


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「うーん。」

 王女さまは、心の中でうなりましたけれども、まあ、がまんすることにしました。

「よくできました。では、これから残りのみんなに、名前と身長を言ってもらうから、お前が作った表に、それを書き込みなさい。」

「ええーっ!」

 

            「ええーっ!」とおどろく

            ボジョンくん

            勉強のきらいな

            ポジョンくん

            ひとの名前なんか

            書けっこない!

 

「なにーっ。」

 みんなに、はやしたてられて、ポジョン君は、真っ赤な顔になって怒りました。

「おい、ペダゴジ、お前のオヤジ、教育大臣だろ。お前のオヤジが学校なくしたせいで、おれは、ひらがなも、カタカナも、漢字も、ローマ字も、センチだって、メートルだって、なんにも教われなかったんだぞ。これはみんなお前のオヤジのせいだ。だから、むすめのお前が責任取って、みんなの名前、お前が書け。」

「なによ。あなた、もともと、勉強なんかしなかったくせに。」

「なんだと、このベタゴジめ。」

「あ、あたしのこと、ベタゴジだなんて言ったわね。ゆるさないから。」

 ポジョン君とペダゴジちゃんの間で、言い合いがはじまりました。

「ああ、うるさい・・・」

 と、王女さまが言いかけたときでした。

 

 はーるの のはらを

 ながむーれーば

 せり、なずな

 ごぎょう、はこべら

 ほとけのざ

 すずな、すずしろ

 これぞ、なーなくさ

 

 と、歌声が聞こえてきました。それも、ひとり、ふたりの歌声ではなく、大勢がいっしょに歌っている声です。

 

つづく

 こうしてガヤガヤとさわいでいる子どもたちの相手をいつまでしていてもしかたがないので、王女さまは、みんなに言いました。

「さあ、お前たち、わたしはこれから自分の勉強をさせられなきゃならないから、もうみんな、おうちへお帰り。そして、あしたからは、もとの学校にもどって、しっかりと勉強をおし。」

「えっ、あなたは先生じゃなかったの?」

「それじゃあ、いったい、君、だれなの?」

「わたしのおねえちゃんと、おなじぐらいのとしなのに、せんせいだなんて、へんだなあ、とわたし、ずっとおもってた。」

みんなが、口々に言いました。

「ああ、うるさい。わたしは、王女よ。だから、あんたたちより、ずっとたくさん勉強しなければならないの。」

「どうして?」

「どうしてって・・・。」

 王女さまが返事に困っていると、ひとりの男の子が言いました。

「ぼく、知ってるよ。王女さまっていうのはね、この国の代表だから、この国のことも、隣の国のことも、そしてずっと遠くのことも、いちどにたくさんのことを考えながらものごとを決めることができなければならないんだ。」

「ふーん、王女さまって、たいへんだけど、それって、すごいことよね。よーし、王女さま、わたし、あなたと同じぐらいたくさん勉強して、大きくなったら、あなたのお手伝いしてあげる。」

「できれば、代わってくれてもいいんだけど・・・。」

 王女さまは、ぼそぼそっとした声で言いました。

「あら、それはだめよ。わたしね、まえに、母さんにきいたの、わたし、どうして母さんのところに生まれてきたのって。そしたらね、母さんが教えてくれたの。『それはね、あなたが、この世に生まれてくるよりもずっと前に、だれかがあなたに、あなたは、こんどこの世に生まれてくることになったけれど、ほんとうに生まれたいかってたずねて、あなたが、はい、生まれたいですと言い、それじゃあ、男の子に生まれたいか、女の子に生まれたいかってたずねられて、あなたが、女の子に生まれたいです、と答えたの。そして次に、この人のところに生まれることになっているけれど、それでいいかってたずねられて、あなたが、はいって答えたからなのよ』って。」

 すると、別の子が、そんなこと「うそ」に決まってる、と言いました。

「もちろん、そんなことほんとうじゃないって、すぐにわかったわ。でも、そんなふうに話してる母さん、とってもうれしそうだった。だから、ほんとうの話じゃないけれど、うそというわけでもないのよ。母さんは、わたしが、この人のところに生まれたいって、わざわざこの自分を選んで生まれてきてくれたんだ、ああ、ありがたいって、きっと思いたいんだと思うわ。」

「わかった。わたし、王女のままでいい。自分で選んで王女になったんだと思えば、べつにいやなことでもない。そうよ、わたし、自分で王女になりたいと考えて王女に生まれたの。だから、わたし、王女なの」

「ふうん、そうなの。」

 と、小さな女の子も、なっとくしました。

 算数大先生も、その様子を見て、うれしそうにしていました。

 

 さて、次の日、王女さまが、王女さまの勉強室で算数大先生を待っていると、教室の外から、わいわい、がやがやと、大ぜいの子どもたちの、さわがしい声が聞こえてきました。ぶえんりょな笑い声もまじっています。

 王女さまは、勉強室の戸を開けて廊下に出てみました。廊下では、算数大先生がひとりで、うるさい子どもたちを静かにさせようと、けんめいになっていました。

 とくにうるさいのは、大きな男の子たちでした。しきりにじょうだんを言い合っては、おたがいの頭をたたいたり、たたきかえしたりしています。王女さまのすがたを見てみんなが静かになっても、やっぱり、じょうだんや悪ふざけがやめられない様子です。

「王女さま、申しわけございません。今朝もまた、王女さまのお教室をお借りしなければならなくなってしまいました。」

 算数大先生が、いかにも申しわけないという様子で言いました。

「どうしたのです。子どもたちはみんな、学校に行っているのではありませんか。」

 王女さまがたずねると、算数大先生は、こう言いました。

「たしかにそのはずではございますが、この子たちの学校は、まだはじまってはいないのでございます。」

「なぜですか。」

「きのう、王女さまのお授業が終わりました後、さっそく教育大臣さまに王女さまのおことばをお伝えしましたところ、教育大臣さまは、たいへんお喜びになり、そうり大臣さまとご相談になりました。そうり大臣さまは、それはもう大喜びですべての大臣さまたちを指揮して、学校を開く用意におとりかかりになりました。

 建設大臣さまが、さっそく学校の建て直しをしよう、それができなければ学校を開くことなどできない、とおっしゃいましたが、教育大臣さまが、建物より何より、まず、子どもたちを教える先生たちにこのことを知らせるのが先だとおっしゃいました。そこで、大臣さまたちが、手分けして、国中の先生たちに、学校の建物があってもなくても、とにかく授業をはじめる準備をしてもらうように、たのみに行くために、旅の支度もそこそこに、全国に向けて出かけて行こうとなさいました。そのとき、そうり大臣さまが、『待った!』とおっしゃいました。

 大臣さまがたが、何ごとかと、足を止めてそうり大臣さまのお顔をごらんになりますと、そうり大臣さまはこうおっしゃいました。『私たちは、何でも、お城のすぐ近くをよくすることからはじめようとする、よくないくせがあります。みなさん、今回はまず、国のいちばん遠いところまで行って、そこからじゅんじゅんにお城に近いほうにもどってきてください。さあ、出発してください。食べ物やお着替えは、すぐに係りの者たちが持ってあとを追いかけるように手配しますから、皆さんは、とにかくできるだけ遠くまで進むことに心を尽くしてください』と。

 そんなわけで、この子たちには、まだ学校がないのでございます。そこで、王女さま、申しわけございませんが・・・」

 算数大先生が言いかけると、王女さまが、算数大先生のことばをさえぎりました。

「ああ、その先は言わないで。わたしは、一を聞けば十をさとる、かしこい王女なの。つまり、『そこで王女さま、申しわけございませんが、きょうからしばらく王女さまのお勉強はお休みにして、この子たちのために、だいじな王女さまのお勉強室をお借りしたいのでございますが』と言いたいのね。けっこうよ。どうぞ。それでは、わたしはしばらく、お勉強をはなれて、ゆっくりさせてもらうことにします。」

 王女さまのことばを聞くと、子どもたちは、「わーい」と言って、いっせいに王女さまの勉強室の中にかけこみました。算数大先生がとめる間もありませんでした。

 

「へえー。ずいぶん粗末な部屋なんだな。赤いじゅうたんやら、金の窓ガラスやら、大きなシャンデリアやらがいっぱいあるのかと思ったら、なーんにもない。ただの学校の教室じゃないか。なーんだ。」

 さっきから悪ふざけをしていた男の子たちが、大きな声で言いました。

「あら、これ何かしら? ノートね。でも、中になんにも書いてないわ。王女さまって、ノートに書いたりせずに、全部、頭の中でおぼえておくのかしら?」

「まさか、そんなことないわよ。きっと、家来におぼえさせるのよ。」

「そんなー。ああ、おかしい、げら、げら、げら。」

 そんな声が聞こえてきました。きのうの子どもたちとは、よほど様子がちがいます。王女さまと算数大先生は、顔を見合わせました。算数大先生が、あわてて勉強室の中に入っていこうとしました。すると王女さまは、先生に合図して、自分がひとりで勉強室の中に入って行きました。

「みなさん、わたしの勉強室にようこそ。みなさんがごらんのとおり、ここには、シャンデリアも金の窓ガラスも、ぜいたくなものは一切ないのですよ。あるものは、勉強したあい、という熱心な気持だけ。あなたたちも、勉強したくなったでしょう。」

 王女さまがそう言うと、みんないっせいに言いました。

「勉強なんか、したくなあい。」

「おや、それなら、あなたたちは、みんな、イソギンチャクになりたいのね。」

「イソギンチャクなんかに、なりたくなあい。」

「でも、もう、みんななっちゃったから、手おくれよ。」

「手おくれじゃなあい。」

「手おくれかどうか、ためしてみたい?」

 王女さまがたずねると、みんないっせいに言いました。

「ためしたくなんか、なあい。」

 ところが、王女さまは言いました。

「わたしは、どうしても、ためしてみたあい。

 イソギンチャクになってしまった人間の子どもが、あるとき、メダカの子をつかまえました。すると、メダカの子は、おどろいて言いました。『イソギンチャクさん、こんな小さなわたしを食べても、おいしくなんかありませんよ。ここから2.5キロ行ったところに、フナが泳いでいます。フナのほうが大きいし、メダカなんかよりずっとおいしいですよ。』

 イソギンチャクは、『これは、いいことを聞いたぞ』とよろこんで、メダカの子をぱくんと食べると、2.5キロ泳いで行ってみました。たしかによく太っておいしそうなフナがたくさん泳いでいました。

 イソギンチャクがフナを一匹つかまえると、フナは、おどろいて言いました。『イソギンチャクさん、こんな美しくもないわたしを食べても、おいしくなんかありませんよ。ここから0.5キロ行ったところに、それはそれは美しい金魚たちが、たくさん泳いでいます。金魚のほうが美しいし、それに、金魚というものは、それはそれはおいしい魚なんですよ』

 イソギンチャクは、『これは、いいことを聞いたぞ』とよろこんで、金魚をぱくんと食べると、0.5キロ泳いで行ってみました。するとそこには、たしかにおいしそうな金魚がたくさん泳いでいました。

 イソギンチャクが中でも一番おいしそうな金魚を一匹つかまえると、金魚は、おどろいて言いました。『イソギンチャクさん、金魚というものは、ああ、美しいといってながめるだけのもので、わたしを食べても、おいしくなんかありませんよ。ここから1.5キロ行ったところの、にごった水の中に、ドジョウが一匹かくれています。ドジョウは栄養があるし、ドジョウなべにして食べることだってできますよ。』

 イソギンチャクは、『これは、いいことを聞いたぞ』とよろこんで、金魚をぱくんと食べると、1.5キロ泳いで行ってみました。たしかに岩かげに、ドジョウが一匹かくれていました。

 イソギンチャクがよろこんで、さっそくドジョウをつかまえて食べようとすると、ドジョウがおどろいて言いました。『イソギンチャクさん、こんな小さなドジョウなんかを食べても、栄養にはならないし、それに、ドジョウなべなんか、めずらしいものではありません。ここから3.5キロ行ったところに、大きなウナギがねむっています。ウナギは、広い世界を回ってあちこちでおいしいものを食べて、そしてまた生まれ故郷にもどってくる魚ですから、ウナギを一匹食べれば、世界中の食べ物を食べたのと同じことになるのですよ。わたしのことなんか放っておいて、ウナギがまた世界旅行に出かけてしまわないうちに、いそいで行ってごらんなさい。』

 イソギンチャクは、『これはいいことを聞いたぞ』とよろこんで、ドジョウをぱくんと食べると、3.5キロ泳いで行ってみました。なるほど、そこには大きなウナギがねむっていました。イソギンチャクが、しのび足で近づくと、ドジョウが片目を開けて言いました。『お前さん、オレを食うつもりだな。それなら、オレが出す問題に答えてからにしてもらおう。では行くぞ。問題。むかし、ばかなイソギンチャクがおったげな。そいつは、はじめに2.5キロ、次に0.5キロ、次に1.5キロ、そして最後に3.5キロ、旅を重ねて、やっとウナギさまという、うまいエサまでたどりついたそうな。イソギンチャクは、全部で何キロ旅を重ねたか。分かればよし、分からなければお前はこれから、いそぎの旅などできないベタリンチャクとなって、一生、岩にはりついて暮らすのだ。』 さて、問題。」

 と、王女さまは言いました。

「イソギンチャクは、全部で何キロ旅をかさねたでしょうか。答えられればよし、答えられなかったら、あなたたちは、一生、この部屋に閉じ込められて、わたしの代わりに勉強させられるのよ。」

 

 さて、この物語を読んでいるあなた、そして聞いているあなた、問題の答えは、何でしょうか。え? もう、分かってしまったのですか。 え? 何キロですって? そうです。正解! よかったですね。あなたは、ベタリンチャクにならずにすみました。

 一方、イソギンチャクは、ウナギが出した問題に答えられなくて、とうとうベタリンチャクにされてしまいました。そのうえに、メダカやフナや金魚やドジョウを食べたばつとして、おいしい水がいっぱい流れている川から追い出され、塩からい水で満たされている海まで旅して行って、そこで岩にはりついて暮らすことになりました。だから、イソギンチャクは、波が打ち寄せては引いて行く、海の岩にいっしょうけんめいにしがみついて暮らしているのです。近くに寄ってくるものは何でもつかまえて食べずにはいたれない生き物なので、海岸でイソギンチャクを見つけても、決して手でさわってはいけないのですよ。

 

 さて、王女さまは、王女さまの勉強室であいかわらずガヤガヤさわいでいる子ども達に、次の問題を出しました。

「むかし、むかし、ある国に『総理大臣』がいました。」

 王女さまがそれだけ言うと、もう、質問が出ました。

「はい、先生。わたし、その漢字、知りません。だから、その先を聞いてもきっと分からないと思います。うちに帰って、お母さんの仕事を手伝ってもいいですか。」

「いいわよ。でも、知らないままでおうちに帰ったら、お母さんは、漢字が読めないなら、もういっぺんお城に行って、その漢字の読み方を教わっておいで、せっかく勉強できるというのに、教わらずに帰ってきてしまったらそんじゃないかって、きっとおっしゃるわよ。そうなったら二度手間だから、今、漢字の意味を習ってから帰ったほうが、あなただって、ずっとらくをすることができて、いいと思うわよ。」

 王女さまが言うと、質問した女の子は、「それも、そうね」と言って帰らないことにしました。

「あ、その漢字なら、ぼく、知ってるよ。」

 ひとりの男の子が言いました。

「『そうりだいじん』って読むんだ。」

 すると、さっきの女の子が、また言いました。

「読み方が分かっても、意味が分からなきゃしょうがないから、わたし、二度手間でもいいから、帰る。」

 すると、さっきからわるふざけばかりしていた大きな男の子たちの中の一人が言いました。

「なんだ、知らないの? じゃあ、教えてやるよ。総理大臣とは、王女さまに代わって政治をとる、国でいちばん大事な仕事をしている人のことを言うんだ。だから、お前も将来は、父ちゃんのように総理大臣になって、国を思い通りに動かすようになるんだよって、おれの母ちゃん、いつも言ってるよ。ね、王女さん、そうなんだよね。」

「そ、そう。その通り・・・だと思うわ。きっと。」

 王女さまは、総理大臣がそんな大事なことをしているのかどうか、よく知りませんでしたから、総理大臣の子どもが言っていることが正しいのか、それともまちがっているのか見当もつきませんでした。

 すると、別の男の子が言いました。

「あれ、へんだなあ。ぼくの父さんは体育大臣なんだけど、母さんはそんなこと、言ってなかったなぞ。ポジョンちゃん ― ポジョンちゃんとは、総理大臣の子どもの名前なんだけどね ― ポジョンちゃんの父さんは、別にひとりで王女さまの代わりをしているわけじゃない、体育大臣やその他おおぜいの大臣たちみんなが王女さまに代わって仕事をしていて、ポジョンちゃんのお父さんは、ただその代表をしているだけだって言ってたよ。」

 すると、総理大臣の息子が、言い返しました。

「ちがうぞ。おれの父ちゃんが大臣の中でいちばんたいへんな仕事をしてるんだぞ。『お前の父さんはね、本当は王女さまよりもっと大事な人なんだよ』って、母ちゃんはいつもおれに言ってるぞ。」

「まあ、何てことを言うの。」

 と王女さまは、びっくりしたうえに、むっとしてしまいました。

「それに」と、総理大臣の息子のポジョンが、また言いました。

「お前たちの母ちゃん、おれの母ちゃんが開くお茶会に集まると、いつも言ってるじゃないか。総理大臣さまが王女さまのめんどうを見てくださるから、うちの主人は王女さまに直接会わずにすむからとっても楽だって。」

 これを聞いて王女さまは、すっかり腹を立ててしまいました。

「お前たち、何てことを言うの。それじゃあ、みんなでこの問題をお考え。」

 と言って、むずかしい算数の問題を出しました。

「むかし、にくらしい総理大臣がいました。そのにくらしい総理大臣はいつも、おれさまは王女さまよえりらいのだぞ、と言っていました。ほかの大臣たちも同じように、おれだってえらいぞ、と言っていました。

 そこで神様が、どの大臣が一番えらいか、テストすることにしました。神様は大臣の子どもたちを集めて言いました。『子どもたちよ、こんばん、お前たちの父親が仕事から帰ってきたら、お父さま、失礼しますと言って、ものさしで、自分の父親の鼻の高さを計って参れ。一番鼻の高い大臣が一番えらいとすることにする。』そこで子どもたちは家に帰って、自分の父親の鼻の高さを計りましたとさ。

 きょうの勉強は、これでおしまい。お前たちも、家に帰って、自分の父親の鼻の高さを計っておいで。」

 

 王女さまはそう言うと、黒板を消して、本とノートをまとめて、教室から出て行ってしまいました。算数大先生も、子どもたちをあとに残して、教室から出て行ってしまいました。

 

つづく

「みなさん、さあさ、お待ちかね、算数のお勉強のお時間でございますよ。」

 算数大先生が、元気よく、王女さまの勉強室に入ってきました。

「あら、『みなさん、さあさ』なんて、先生、ことばの使い方がまちがってるわ。」

「おや、そうでございますか。それなら、『さあさ、みなさん』とでも、申せばよかったのでございましょうか。」

「そうじゃないわ。わたしひとりしかいないのに、『みなさん』と言うのが変なのです。それに、きょうは、わたしが勉強させられるのではなくて、先生、あなたがお勉強させられるはずよ。だって、きのう、わたしが宿題を出しておいたじゃありませんか。」

「おや、そうでございましたか。それなら、王女さま、申しわけございません。その宿題は、忘れました。それに、きのうの午後はいそがしくて、私に宿題があるなどとは、思い出すひまもございませんでした。」

 先生は、自分が宿題を忘れたというのに、口では『申しわけございません』と言いながら、少しも悪かったと思っている様子もありません。

「それなら、先生、廊下に、バケツを持って立っていらっしゃい。」

 王女さまは、むっとして、先生に命令しました。

「おや、おや、王女さま、おそれいりますが、きょう私は、とてもそんなことをしているわけには参らないのでございます。」

「あら、廊下に立っていられないほど大事なご用って何なのです?」

王女さまは、つい、つられて、算数大先生にたずねてしまいました。

「おお、ようこそおたずねくださいました。それでこそ、我が国の王女さまでございます。そのわけをご説明いたしましょう。そのためには、まず、皆々を王女さまのお勉強室に呼び入れなければなりません。では、王女さまに失礼して、皆を呼び入れさせていただきましょう。

 さあさ、みんな、王女さまのお許しが出た。お教室に入っておいでなさい。」

 算数大先生が王女さまの勉強室の外に声をかけると、

「わーい!」と歓声が上がりました。そして、どやどやっと、子どもたちがたくさん入ってきました。

「なななな、なんです、この子たちは!

 王女さまは、驚いて言いました。

「おや、ここに子どもがいるよ。だれなんだろう、この子。」

「女の子だね。」

「かわいいね。」

子どもたちは、口々に言いました。

「そうでもないわ、わたし、こわいのよ」

王女さまが言うと、別の子どもがたずねました。

「えーっ、こわいの? それじゃあ、あなた、先生? 先生なら問題出して。」

「えっ?」

 王女さまは、びっくりしてしまいました。

「ああ、みんな、静かに、静かに。」

 算数大先生が、あわてて子どもたちを静かにさせました。

「王女さま,申し分けございません。実は、私、きのうの午後、家の外がさわがしいので外に出てみますと、子どもが大勢で、いたずらをして遊んでおります。わけを聞きましたところ、子どもたちは学校に行ったり勉強したりしなくてもよくなったので、ただいたずらをして遊び回っていると申します。そこで私、王女さまからいただいた大切な宿題のことなどかまっていられなくなりまして、お城の馬をお借りして、町の中をあちこち回ってみましたところ、どこでも子どもたちが、わけもなく、いたずらをして遊んで回っております。お城では、この子らと同じような年ごろの王女さまが毎日熱心にご勉強あそばしておいでになるというのに、いったい、何というちがいだと思いまして、一度、王女さまのお姿をこの子たちに拝見させよう、そうすれば、子どもたちも、これではいけないと気付いて、毎日の暮らし方を考えるようになるにちがいないと思ったのでございます。

 そこで、王女さまのお許しもなく、きょうは、朝早くからお城の近くでうろうろとしておりました子どもたちを連れて参りました。子どもたちには静かにさせますので、お教室の後ろのほうで、王女さまのご勉強中のご様子を拝見させてやっていただくわけには参りませんでしょうか。」

 算数大先生は、いっしょうけんめい、王女さまにお願いしました。

「なんだ、そんなことだったの。だめよ。わたしが勉強させられている姿をこの子たちに見られるなんて、そんなこと、できるものですか。きょうは、わたしが先生になって、この子たちに勉強させます。」

「えっ!  王女さまにそんなこと・・・。」

 算数大先生は、すっかり驚いて、思わずことばが口から出てしまいました。

「わたしにそんなことできっこない、と言うのですね。」

「いえ、いえ、王女さまにそんなことまでしていただくのは、おそれおおいこと、と申し上げようとしたのでございます。」

「あら、そんなことないわ。わたしがどんなに厳しく教えられているのか、この子たちによくわからせてやります。では、ぶらぶらと遊んでいたためにお城の私の勉強室に連れて来られた子どもたち、早速、お前たちに問題を出します。これもしかたがない運命だと考えて、しっかりと勉強おし。」

 王女さまが厳しい声で言うと、子どもたちが、いっせいにがやがやとさわぎ出しました。

「えっ、『問題』って、何?」

「『考える』って、いったい、何をすることなの?」

「私たち、学校なんか行ったことないから、『問題』って何のことか知らないし、『考える』も『答える』も知らないのよ。」

「そうだよね。ほかに、『宿題』も、『勉強』も、『計算』も、『算数』も、それから、『体育』や『技術教育』ってのも、何のことだかちっともわからないよね。」

「そうだよ。そんなもん、聞いたこともない。」

 そこで、王女さまが声を張り上げて言いました。

「ああ、うるさい。みんな、それだけ知らない、知らないと言えるなら、それで十分。知らないままで、私が出す問題に答えなさい。答えられればそれでよし。答えられなかったら、お前たち、ムチ打ちの刑よ。それがおそろしかったら、しっかりお考え。」

 そして王女さまは、まず第一の問題を出しました。

 

「ある日、湖にボートが1そう出ていました。ボートの底を魔女がのこぎりでゴリッとひいたものだから、水がドドッと入ってきました。そのため、ボートは、少しずつ沈んでいきました。

 まず4cm沈み、次に、もう3.5cm沈みました。さあ、ここまでで、ボートが何センチ何ミリ沈んだか、お答え。」

 王女さまが問題を言い終わると、

「はいっ、先生!」

 と、ひとりの女の子が手をあげました。

「はい、そこの女の子。答えがわかったのね。」

「いいえ、そうじゃないの。わたし、『てんご』って、何のことか、知らないの。」

「えっ? 『てんご』なんて、わたし、言ってないわよ。」

「そんなことないわ。あなた、『はじめに4cm、次に3.5cm』って言ったじゃない。」

 女の子は、とほうにくれた様子で言いました。

「なんだ。わたしはね、『てんご』じゃなくて、『3てん5センチ』って言ったのよ。それでわからなかったら、『3センチ5ミリ』と考えてちょうだい。」

 王女さまが言うと、女の子も、「なんだ」と言いました。

3センチ5ミリなら知ってるわ。わたしのお父さんは洋服屋さんだから、1センチ5ミリ、2センチ5ミリ、3センチ5ミリって、いつも職人さんたちと話してるわ。」

 すると、別の子が言いました。

「え? 職人って、何のこと? ねえ、教えて。」

 ここで王女さまが、大きな声で言いました。

「ああ、うるさい。ほかの話をするんじゃないの。わたしがお勉強するときは、じっと静かに考えて、お前たちのように、がやがやおしゃべりなんか、しないんだから、お前たちも、静かに、しっかりと問題に取り組みなさい。」

「え? 問題なんか、まだ出てないよ。」

「答案用紙だって、もらってないよ。」

「先生、式とか答えとかというのも、書くのですか。」

「ぼくたち、学校なんか行ってないのに、どうして勉強させられちゃうの?」

「わたし、ボートだなんて見たことないから、この問題、考えられないわ。」

 子どもたちは、またまた、うるさくなりました。

「お前たち、算数というものは、見たことがあってもなくても、答案用紙があってもなくても、とにかく何でも、あるものとして考えるの。数に関係があることなら、出合ったことがないことでも考えられるようにするための練習なんだ、と思って考えなさい。」

 王女さまは、こわい声で言いました。

 すると、それまで、じっとだまって考えていた、ひとりの子どもが言いました。

「そうか。わかった。算数って、ぼくたちのあそびと、おんなじだ。」

「えっ?」

 王女さまは、思わず、その子のほうの見ました。

「だって、そうだよ。『お寺のおしょうさんが』だって、『なーらの、なーらの、大仏さんが』だって、『せーんろは、つづくーよ、どーこまでもー』だって、みんな、見たことがないものばっかりだけど、別にそれであそべないわけじゃ、ないんだよね。

 そうだ、先生、『お寺のおしょうさんが』で問題出して。どうせなら、さっき、みよ子ちゃんが言ってた、『てんが』の問題がいいよ。」

「それがいい、それがいい」

 と、みんなが言いました。

 こうしてやっとみんなが勉強する気分になってきたので、王女さまは、いい気分になって、「えへん」とせきばらいして、『お寺のおしょうさんが』の問題を出しました。

「お寺のおしょうさんが、かぼちゃのたねを、3.5つぶ、まきました。

 芽が出て、ふくらんで、

 花が咲いたのは、いくつでしょうか。」

「がや、がや、がや。」

 生徒たちは、みんな、いっしょうけんめいに考えました。

「おかしいわ。わたし、どうしても、この問題、考えられないわ。」

 ひとりの女の子が、言いました。

「考えられなかったら、あなた、ムチ打ちの刑よ。」

 王女さまが、言いました。

「先生、もしかしたら、この問題、まちがっているんじゃないかしら。」

 女の子は、ひるまずに言いました。

「先生が出す問題というものは、まちがったりは、ぜったいにしないの。しっかりとお考え。」

 王女さまが言いましたが、女の子は、やっぱり考え込んだままでした。そして、言いました。

3.5つぶとは、つまり、3つぶと半分のことでしょう? かぼちゃの種をどうして半分にしたのかしら? 中はどうなっているのかな、と思って、ナイフで切ったのかしら? そんなことしたら、芽なんか出るわけないのに、どうして切っちゃったのかしら?」

 王女さまは、「えっ」と思いましたが、ここでまけるわけにはいかない、と思いました。

「まいた種が3.5つぶなら、咲く花も3.5、最後になる実も3.5。それより多くも、少なくも、なりようがないのっ!」

 と、強い声で言いました。

「花が、三つと半分? 半分の花って、どんなふうに咲くんですか。だれかが花びらをちぎってしまったのなら分かるけど、はじめから半分しか咲かなかったら、その花は病気だから、実にはならないわ。」

 こうして、かぼちゃの種の問題は、だめになってしまいました。

 それなら、奈良の大仏さんの問題に変えよう、ということになりました。

「えへん。では、奈良の大仏さんが、3.5じゃなくて、ええと、2.5でもなく、5.5もだめだし・・・。あら、どうしよう。」

 王女さまは、こまってしまいました。

「それでは、すずめ、ということになさってみては、いかがでございましょうか。」

 算数大先生が助け舟を出しました。

「そうね。すずめが3.5羽いました。あら、これもだめだわ。」

 王女さまは、がっかりしました。

 みんなも、がっかりしました。そして、やっぱり、算数の勉強と、あそびとはちがうのだ、とみんなは思いました。けれども、ひとりの子どもが、大事なことに気がつきました。

「わかった。ぼくたちは、半分にしたり、3分の1にしたりすることなんか、できないものについて問題を作ろうとしたからだめなんだ。『せーんろは、つづくーよ』だったら、きっと、うまくいくよ。『きょうは、線路を1.5キロ作りました。あしたも1.5キロ作るとすると、線路は全部で何キロになるでしょうか。』ね、これなら計算できるよ。」

 そこで、みんなは、この問題を考えることにしました。

 そのとき、「わーん」と、小さな女の子が泣き出しました。

「わたし、まだちっちゃいから、でんしゃにも、きしゃにものったことがないの。えきだってみたことがないのよ。だから、せんろってなんのことだかわからないし、1.5キロっていわれても、なんのことだか、ちっともわからない。わからなかったら、せんせいにムチでうたれちゃう。わーん。」

「いいのよ、いいのよ。お姉ちゃんが、身代わりで打たれてあげるから。」

 女の子のお姉さんが、やさしく言いました。

「だめーっ。だいじなおねえちゃんが、ぶたれたら、わたし、かなしい。」

 女の子は、また、泣き出しました。

 そこで子どもたちが、みんなで、王女さまの顔をじーっと見ました。

「わかった、わかった。もう、ムチ打ちなんか、なし、なし。だあれも、ぶたれたりなんかしないから、安心してけいさんなさい。」

 王女さまは、あわてて言いました。

「うわあい、じゃあ、ゆっくり考えようっと。

 えーと、せんろこうふさんたちが、いっしょうけんめい、はたらいたので、いちにちめには、せんろが1.5キロ、つまり、1キロはんできたわけね。ほんとうは、もうちょっといっしょうけんめいだったら、もうあとはんキロできて、ぜんぶで2キロになったかもしれないけれど、これはさんすうの、もんだいいだから、そんなところまではかんがえなくてもいいのよね。

 そして、つぎのひも、おなじだけがんばったので、やっぱり、できたのは、1.5キロだけでした。

 『1.51.5』とかんがえてもいいし、いちにちめもふつかめもなじだから、『1.5×2』とかんがえてもいいわ。でも、わたし、かけざんは、まだならっていないから、たしざんでかんがえることにする。

 はい、せんせい、『1.51.53.0』。こたえは、3キロです。」

「あたり。」

「それじゃあ、せんせい、せんろこうふさんたちは、つぎのひも、またおなじだけがんばりました、みっかかんで、せんろはなんキロになったでしょうか、というのをかんがえてもいいですか。」

「お前が考えたいのなら考えてもいいけれど、まちがったら、ムチ打ちよ。」

「あーん、ムチうちはもうしないって、さっきやくそくしたのに。」

「ああ、もう、今のは、うそ、うそ。まちがいよ。」

「ああ、よかった。じゃあ、また、おちついてかんがえようっと。」

 女の子は、三日目の問題に取り組みました。

 そのとき、別の子どもが言いました。

「より子ちゃん、ずるいよ。さっきから、もうずっと、ひらがなだけ使ってお話ししてる。ぼくの母さん、いつも言ってるよ。なんでもかんでもひらがなだけで書いてると、いつまでも子どもことばでものを言ってるのとおんなじだから、できるだけたくさん漢字を覚えて、漢字を使うようにしたほうがいいって。」

「あーん、としおくんの、いじわる。『おまえは、まだちいさいから、よそのこたちのように、そんなにかんじ、かんじって、いわなくてもいい』って、わたしのかあさん、やさしくいってくれてるよ。それなのに・・・。」

「ああ、うるさい、うるさい。

 みんな、起立、気をつけ、礼。

 先生、王女さま、子どもたち、

 これで勉強はおしまいだから、

 みんな、さようなら。

 あしたからは、みんな、自分が住んでいるところの学校にもどって、ちゃんと、勉強しなさい。」

 王女さまのことばを聞いて、みんなはとびあがって、喜びました。

「えっ、また学校に行けるの? ようし、ぼくは、運動会でも水泳大会でも、一等賞とるぞ。」

「わたしは、紅葉狩りが楽しみだわ。モミジをふろしきにいっぱい、取って来よう。」

「ぼくは、秋のいも掘りに、毎日行くことにする。いいなあ。きょうもいも掘り、あしたもいも掘り。あさってもいも掘り・・・秋が終わって、冬になっても、春になっても、夏になっても、毎日休まず学校に行って、来る日も、来る日も、いも掘りだ。ああ、夢がふくらむなあ。」

「わたしは、何と言っても、きゅうけい時間が楽しみだわ。おはじき、お手玉、シャボン玉。かげふみ、けんけんぱーに、おにごっこ。そして、それからそれへと、楽しいことをいっぱい、探そう。」

 子どもたちが言うのを聞いて、王女さまは、思わず算数大先生の顔を見ました。

 算数大先生も、ちょうどそのとき、王女さまの顔を見ようとして、王女さまのほうに顔を向けたところでした。

 算数大先生の目と、王女さまの目が合って、ふたりは、思わず、「ぷっ」と吹き出しそうになりました。

 

つづく

 

「先生、おはようございます。おひめさま、おはようございます。起立、気をつけ、礼、着席。さ、お勉強をはじめましょ。」

 きょうは、王女さまはいつになく積極的で、算数大先生を驚かせました。

「おや、なんと、王女さまは、もうお勉強なさりたい、お勉強なさりたいと、大へん張り切ってくださっておいででございますな。

 それでは、王女さまのお気がかわらないうちに、さっそくお勉強をはじめることに、いたしましょう。」

 算数大先生は、うれしそうに言いました。

「なんですって、わたしの気がかわらないうちにというのは、どういうことですか。」

 王女さまが、算数大先生のことばを、聞きとがめました。

 算数大先生は、ああ、しまった、なんということを言ってしまったのだろう、これで、きょうの王女さまのお勉強のお時間は、王女さまのむだ話でつぶれてしまうことになった、と自分がうっかり口にしてしまったことばを、くやみました。けれども、王女さまは、にっこり笑って言いました。

「おほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ。

 きょうのわたしは、いつもの王女さまとは、ちょっとちがうのよ。ささ、もう一度、はじめからやり直しましょ。

 起立、気をつけ、礼、着席。

 おひめさま、おはようございます。」

 王女さまのきげんのよい顔を見て、算数大先生は、ほっと、胸をなでおろしました。

 それにしても、自分に向かって「おひめさま、おはようございます」というのは、どうしたことだろうと、算数大先生は思いました。

「王女さま、ごきげんがおよろしいのは、いかにも、およろこばしいことでございますが、ご自分に向かってごあいさつなさいますのは、これはいったい・・・。」

「ああ、すべてを言わないで。

 王女のわたしが自分のことを『おひめさま』だなんていうのはおかしい、とおっしゃりたいのでしょう。」

「それは、まあ、お気づきでございましたら、それでけっこうでございますが、ご自分に向かってごあいさつなさいますのは、どういうことかと・・・。」

「それはね、わたしは、これから自分を大切にすることにしたの。」

「それは、けっこうなことでございますが、しかし・・・」

「シカでもトラでもないのよ。

 わたしは、こうと決めたら、どうしてもそうするの。だから、先生、あなたもご自分を大切になさい。そうすれば、どんなことでも耐えていけるのよ。お勉強だってへっちゃらなんだから。さあ、きょうは、どんなお勉強をするのかしら」

 王女さまのようすに、算数大先生は、すっかりとまどってしまいましたが、とにかく、今をのがしたら、いつまた王女さまが勉強したいという気分になってくれるかわかりませんから、すぐに授業にとりかかることにしました。

「はい、王女さま。きょうは、5分の7引く5分の4をご勉強いただきます。」

「え? 『ごはんがすんだら、ななぶき引いて、ごぶざき、ようかん』ですって? いったい、それは、何のことかしら。」

 王女さまのことばを聞いて、算数大先生は、「ああ、あ」とため息をつきました。

 

 ― やっぱり、王女さまは、ご勉強など、なさるおつもりは、

 ないのだ・・・ ―

 

「先生、わたし、いきなり『5分の7』なんて言われても、何のことだか、わからないの。」

「でも、王女さまは、もう分数のことをよくごぞんじだったのでは、ないのでしょうか。」

「そりゃあ、わたしは王女だから、何でも知ってるわ。

 でも、『5分の7』は知らないの。

 だって、そうでしょ。『王女さま、ここに、おいしそうなようかんが一本あるといたしましょう。目の前に、ほんとうにようかんがなくても、あるものとしてお考えいただくのが、算数のお勉強でございます』と、先生はおっしゃるにちがいないわね。」

 王女さまのことばを聞いて、算数大先生は、あわてて言いました。

「王女さま、私は何も・・・。」

「わかってる、わかってる。『王女さま、わたくしは、そのように申し上げてはおりませんが』とおっしゃりたいのでしょう。

 実際に言わなかったことでも、言ったものとして考えるのが、お勉強というものなのよ。だから、お勉強なんてきらいだわ。『もしも』ばっかりなんだもん。

 とにかく、もしも、ここにようかんがあったとしたら、これを仲良く5人で分けたくなったとしましょう。

 けんかをしないために、どの一切れも同じ大きさになるように切ります。一切れ何センチの幅に切ればよいでしょうか。はい、先生、あなたがお答えなさい。」

「王女さま、お答えいたしたくは、ございますが・・・。」

「ああ、分かってる、分かってる。これが、虎屋のようかんか、岩谷堂のようかんかわからなければ、分けようがない、とおっしゃりたいのでしょう。それなら、昔ながらにたけのこの皮に包んだ岩谷堂のようかん、ということにしてお答えなさい。」

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 算数大先生は、こんなふうにしか考えられない王女さまに、いったいどうやって算数を教えたらいいのだろうか・・・と、頭の中が、少しくらくらしてきました。

「今のは、じょうだんよ、先生。

 先生が本当に言おうとなさっていたのは、ようかんの長さが何センチかがわからなければ、目ぶんりょうでしか切れないから、一切れ何センチに切ればよいかはわからない、と言いたいのでしょう。

 それなら先生、あなただけにそっと教えてあげましょう。

 ようかんの長さは、5センチです。」

「えっ。何とまあ、小さなおようかんで・・・。」

「そうなのよ。教育大臣が、白墨の粉や、鉛筆のけずりかすでよごれてしまったら、そのようかんは、もう食べられなくなるから、お勉強に使うようかんなんか、できるだけ小さいのでがまんしていただきましょう、王女さまのお勉強にお使いいただくようかんは、一口ようかんで十分です、と言ったの。」

「えっ、まさか、そのようなことを・・・。」

 算数大先生がおどろいて言うと、王女さまは、

「言っても言わなくても、言ったものとして考えるのが、算数の勉強なのです。わたしに脱線されたくなかったら、一本5センチの長さの一口ようかんを、同じ大きさに5つに切るものとして、お答えなさい。」

 と、いばって命令しました。

「それは、考えるまでもなく、一切れのようかんの幅は、1センチでございます。」

「ブッ、ブー。」

「えっ、長さ5センチのものを5分の1にすれば、一切れの幅は、1センチにしかなりようがないではございませんか、王女さま。」

 算数大先生が、おどろいて言いました。

「あら、長さを切ったら幅になってしまうだなんて、だめに決まってるわ。」

「そうでございますか。たった1センチしかない一切れのようかんを見て、私には『長さ1センチのようかんでございます』などとは、とても言えませんが、それでお勉強が先に進むのでしたら、そういうことにいたしましょう。」

 算数大先生は、しかたなく、王女さまの言いなりになることにしました。

「それなら、けっこう。

 一本5センチの長さの一口ようかんを5分の1にしたら、一切れの長さは1センチになりました。

 5分の1のようかんを二つ合わせると、長さは何センチになるでしょうか。

 はい、先生。」

 王女さまは、先生をあてました。

「幅1センチのようかんを、二つ合わせましたら、その幅は2センチに決まっております。」

 と、算数大先生は言いました。

「あら、そうかしら?」

 王女さまは、首をかしげました。

「ようかんの包みをひらいて、1センチの幅にナイフで切って、これをお皿の上に並べるときは、上向きかもしれないし、下向きかもしれないし、もしかしたら、横向きかも、縦向きかもしれないから、ふた切れ並べたら、長さは2センチになるとは、かぎらないわ。」

 すると、算数大先生は、にっこり笑って言いました。

「王女さま、包みから取り出したようかんは、表面が美しく光り輝いていますから、これを刃物で切りますと、どこが切り口なのかがすぐに分かります。ですから、ようかんを切った後、人は、自然に、包みの中にあったときと同じ向きに、お皿の上に並べるものでございます。切り口があっちを向いたりこっちを向いたりすることは、ありえません。」

「まあ、にくらしい、へりくつね。」

「えっ、何でございますか。」

「ああ、何でもない、何でもない。

 それでは、長さ5センチの一口ようかんの5分の1を二切れ並べたら、長さは2センチになるとしましょう。」

 すると、算数大先生が、えんりょがちに言いました。

「王女さまのおことばに、口をはさむようでございますが・・・。」

「あら、はさんでるわね。わたしは、じゃまをされることが、きらいなの。」

 王女さまは、むっとした顔を見せて言いました。

「恐れ入ります。けれども、幅1センチのものを二つ並べたら、その幅は必ず2センチになるのでございますから、『幅2センチになるとしましょう』は、正しい言い方ではないのでございます。」

「いいのっ。おいしい岩谷堂のようかんを食べさせてくれない人へのあてつけで、わたしはずっと、『あるとしましょう』で考えることにしたの。

 では、三切れ並べたとしたら、何センチになるでしょうか。

 はい、先生、お答えなさい。」

3センチでございます。」

「あたり。

 それでは、四切れ並べたとしたら、何センチになるでしょうか。」

「4センチに決まっております。」

「それも、あたり。

 それでは、5分の1に切ったようかんを、五切れ並べたとしたら、何センチになるでしょうか」

5センチでございます。」

「では、六切れ並べたとしたら、何センチになるでしょうか。」

「王女さま・・・。」

「何です。答えがわからないのですか。」

 王女さまは、きびしい声になって言いました。

5分の1のようかんは、五切れしかございませんから、六切れ並べることは、申しわけございませんが、私には、できません。」

「それなら、わたしがやってあげましょう。」

 王女さまは、手を伸ばして、ようかんを指でつまもうとしました。

「あら、六切れ目は、ないわね。先生、食べたのですか。」

「とんでもございません。5分の1のようかんは、もともと五切れしかないのでございます。」

「ああ、そう。

 それなら、きょうのお勉強は、これでおしまいね。

 先生、もうお帰りになってもいいわ。」

「しかし、王女さま・・・。」

 算数大先生が、また、口をはさみました。

「一口ようかんというものは、一本だけではなく、このように何本も箱の中につめてあるのが、普通でございますから、5分の6が必要なら、もう一本、ようかんをお切りになれば、問題は解決でございます。」


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「あら、そう。先生というものは、よけいなことを考えつくものね。でも、しかたがないわ。ようかんをもう一本、5分の1ずつに、お切りなさい。」

「はい、切ったといたしましょう。」

 算数大先生は、いたずらそうに、にっこり笑って言いました。

「分かったわ。

 ここにあるとする岩谷堂の、長さ5センチあるとする一口ようかんを、5分の1に切ったとすると、一切れの幅は1センチになりました。これを五切れ並べるとすると、もとの5センチになります。

 それだけでは足りないから、もう一切れほしいと思ったら、長さ5センチの一口ようかんをもう一本、箱から取り出して、包みを開いてまた5分の1ずつに切ります。そして、その中の一切れを、さっきの5分の5のとなりに置いたとすると、ええと・・・これで5分のいくつになったのかしら・・・。」

 王女さまは、ちょっと首をかしげて考えました。

「王女さま、ひょっといたしましたら、5分の6にでも、なったのでございましょうか。」

 算数大先生が、助け舟を出しました。

「ひょっとしたら、きっと、そうかもね。では、5分の6ということにしておきましょう。」

 王女さまは、自信なさそうに言いました。

「ところで、王女さま、『5分の1』や『5分の6』は、数字で書けば、いったいどのように書くのでございましょうか。」

「えっ。5分の1は『5分の1』、5分の6は『5分の6』と書けばいいのじゃないのかしら・・・。」

 王女さまは、とつぜん算数大先生に質問されて、どぎまぎしてしまいました。

「それでは、王女さま、『5分の5足す5分の1は5分の6』は、紙の上にはどのようにお書きになるのでございましょうか。」

「ざんねんでした。ここには紙も鉛筆もないから、書けないわ。」

 王女さまは、突然、うきうきした気分になって言いました。

 ところが算数大先生は、ふところから、ぱっと計算用紙を取り出して言いました。

「ご心配にはおよびません。ささ、これにどうぞ。」


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「まあ、よけいなことを・・・。」

「えっ、何とおっしゃいましたか。」

「まあ、よい計算用紙ね、と言ったのよ。」

 王女さまは、しかたがないので、鉛筆で、さらさらっと書きました。


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「ありがとうございます、王女さま。

 ものはついでと申しますから、『5分の6足す5分の1』の式と答えもお書きいただきましょう。」

 算数大先生は、また、ふところから、ぱっと計算用紙を取り出しました。

「おやすいご用よ。」

 おうじょさまは、また、さらさらっと書きました。


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「お答えもどうぞ。」

「おやすいご用よ。」

 王女さまは、答えをさらさらっと書こうとしましたが、

「あらっ。」

 と、困ってしまいました。これでは、どの数字とどの数字を足せばよいのか、少しもわかりません。

 けれども、頭のよい王女さまのことですから、すぐによいことを思いつきました。

「先生、わたしは少し、ど忘れしたから、『23足す6は』をその下に書いてくださいな。」

「こうでございましょうか。」


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 算数大先生は、さらさらと書きました。そして、たずねました。

「王女さま、お答えは、何と書きましょうか。」

「あら、答えは簡単。29よ。先生には、むずかしすぎたのですか。」

「まあ、そのようなもので、ございます。」

 先生は、王女さまのことばに特にさからわずに、「23+6=」のとなりに、29と書きました。

 

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 「それなら、王女さま、『5分の5足す5分の1は』は、このように書けばよろしいのでございましょうか。」

 算数大先生は、ふところからまた新しい計算用紙を取り出すと、さらさらっと書きました。


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「パチパチ、上出来、上出来。さあ、お答えもお書きなさい。」

 王女さまは、算数大先生に、一気に答えまで書かせてしまおう、と考えて、先生を大げさにほめたたえました。算数大先生も、うっかりいい気分になって、『5分の5+5分の1=5分の6』と、答えまで書いてしまいました。

 

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「そうれ、めでたい、めでたい、大先生。めでたいついでに、『5分の6』に、もうひとつ『5分の1』を足しちゃいましょう。そうれ、そうれ、がんばれ、大先生、『5分の6+5分の1』は、いくつになるか。」

 わがまま王女さまは、手を打ってはやしたてました。

 算数大先生は、もう、にこにこ顔で、またまた新しい計算用紙をふところから、ぱっと取り出して、式と答えを、さらさらっと書きました。

 

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「それができたら、大先生、ついでに引き算もやっちゃいましょう。

 ここに、おいしい岩谷堂の一口ようかんが5分の7本あるとしましょう。5分の7本とは、つまり一口ようかん一本と5分の2本のことです。

 先生をたずねてきた7人の算数ずきのお客さまのために、先生が5分の7本の一口ようかんを用意したとしましょう。7人のお客さまのうち、4人は大よろこびで、幅1センチの小さな一口ようかんを、ぱっくりと一口で食べてしまいましたが、ほかの何人かは、この国の王女さまよりずっとずっとわがままで、『あら、わたし、お抹茶もいただかずに、あまい、あまいようかんを、それだけで、めしあがれ、と言われても、とても食べる気しないわ』と言って、食べようとしませんでした。

 さて、問題です。せっかく用意したのにお客に食べられずに、残ってしまった一口ようかんは、何分の何本でしょうか。式と答えを書きなさい。

 そうれ、がんばれ、この国一番の算数大先生。」

 算数大先生は、またまた、わがまま王女さまの声援につられて、ぱぱっと、式と答えを書いてしまいました。ところが、


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 ここまで書いたら、わがまま王女さまが、大声で言いました。

「あ、待って。その先は、書いちゃだめ。

 それは、先生、あなたの宿題としましょう。

 あしたの朝、宿題を持って来なかったら、先生、あなたは、水の入ったばけつを両手に持って、頭の上には、元気のいいトラねこを乗せ、廊下に立ってるだけじゃ手ぬるいから、お城の門から中庭をぬけて、たくさんの石段を登り、ええと、それから、お城の塔から塔へと渡り廊下を渡り、それでもまだまだ足りないから、でんでん太鼓を両手に持って走り回っている大勢の子どもたちのそばを通り抜けて、ええと、それから、ええと・・・。」

 そんなことを言っているうちに、王女さまは、自分がなぜそんなことを、つぎからつぎへと考えついて言っているのか、わからなくなってしまって、ええと、それで、ことばもつっかえて、そして、とうとう、

「だから、起立、気をつけ、礼。

 先生、みなさん、さようなら。」

 と、言ってしまいました。

 ちょうど、そのとき、カラン、カランと、鐘が鳴りました。

 みなさん、では、来週まで。さようなら。

 つづく


「車持皇子さん、あなた、『唐土にも筑紫の国にも行かなかった』ですって? でも、船に乗って出かけたんでしょ? それも、うそだったの?」

 わがまま王女さまは、まるでキツネかタヌキにでもつままれたような気持ちでたずねました。すると、車持皇子は、こう言うのでした。

「船には乗ったなり。どうしてかというと、皆(みな)が港まで見送りに来てしまったので、乗らないわけにはいかなかったなり。」

「そりゃあ、そうでしょう。それで、どうしたの?」

「御見送りの人々帰りぬ。」

「え? やっぱり、あなたの方言、わからないわ。『帰りぬ』というのは、『帰った』という意味なの? それとも、『帰らなかった』という意味なの?」

「何度も言うように、これは、方言ではなくて、千年の昔のことばなり。それに、やたらに『方言』、『方言』と、悪く言っては、国中の皆さんに失礼なり。」

「わかった。もう、悪く言わない。『ぬ』の意味を教えてちょうだい。」

「ほんとうに何かをしたときには『ぬ』と言い、しなかったときには『ず』と言うなり。」

 王女さまは、「なるほど」と思いました。

「『おうちに帰らず』は、おうちに『帰らない』、『帰らなかった』。

 『船に乗らず』は、船に『乗らない』、『乗らなかった』。

 『いやだと言わず』は、いやだと『言わない』、『言わなかった』。

 『帰りぬ』は、『帰った』、『帰ってしまった』。

 『乗りぬ』は、『乗った』、『乗ってしまった』。

 『言いぬ』は、『言った』、『言ってしまった』。

 というわけね。」

 王女さまは、「王女さま、おみごと、おみごと」という声を期待しましたが、車持皇子は、首をかしげて言いました。

「最後の『言いぬ』は、あんまり聞いたことがないなり。そのときには、『言いたり』とか『言いてけり』とか『申したり』などと言うのかもしれないなり。」

「つまり、全部、必ず同じじゃなくて、別の言い方をするものも、たまにはあるということなのね。

 とにかく、みんなは、船が出発したから、安心して『帰りぬ』しちゃった。その後、あなたは、どうしたの?」

「三日ばかりありて、こぎ帰りぬ。」

「たった三日で、船をこいで帰ってきちゃったの?  それじゃあ、唐土はもちろん、筑紫国にさえも、行けないわ。」

「もちろん、行けないなり。我は、秘密の場所に、たやすく人寄り来まじき家を作りてかくれていたるなり。」

「かくれていただけじゃあ、かぐや姫さまに言われた銀の根、黄金の茎を持つ木になっている白玉の枝を折って来ることなんか、できないわね。」

「ここに名人の鍛冶(かじ)、匠(たくみ)、つまり、かじ屋さんと大工さん、六人を召し取りて、かまどを三重にしこめて、玉の枝を作りけり。かぐや姫のたまふやうに・・・。」

「ちょっと、待って。『ノタマフヤウニ』って、何のこと?」

「『ノタマフヤウニ』ではなくて、『のたもうように』と読むなり。つまり、かぐや姫さまが、『おっしゃるように』のことなり。」

「わかった。先をお続けなさい。」

「かぐや姫のたまふやうに、違わず(たがわず)作りいでつ。つまり、かぐや姫さまがおっしゃったとおりに、寸分違わず、まったく同じ形に作ったなり。」

「まっ。船に乗ってアリバイを作ったうえに、今度は、ニセモノ作りまでしたのね。それを持って、はい、どうぞって言ったの? あなたのことだから、また、わざわざ港まで行って、疲れたふりをして、船でもどってきました、というふうに見せかけたんでしょう。」

「そのとおりなり。いとかしこくたばかりて・・・。」

「え? 『糸をかしこく、タバコを吸って』?」

「そうじゃないなり。『いとかしこく』、つまり、とても上手に、たばかりて・・・。」

「えっ、たばかっちゃった! つまり、人をだますための計略をめぐらしたのね。それでどうしたの?」

「船に乗りて帰り来たりけり、と殿に告げやりて・・・。」

「ただいま船に乗って帰って来ました、とお使いを出して言わせたわけね。」

「そして、いといたく苦しがりたる様(さま)していたり。」

「まあ! ものすごく苦しくてたまらない、というふりをしていたら、どうなったの?」

「迎へに・・・今のことばで言えば、『迎え』に人、多く参りたり。玉の枝をば、長びつに入れて、物おおひて持ちて参る。」

「白玉くっつけた木の枝を箱に入れて、すばらしい布を上からかけて、持って行ったのね。でも、あなたがいつも着ている皇子さまのお着物では、とても百千万里も船に乗って旅してきたとは、だれも思わないわよ。」

「だから、我は、旅の姿ながら参りたり。」

「なにっ。旅のかっこうをして、竹取の翁さんと媼さんをだまそうとしたのね。」

「そうなり。翁に、『命をすてて、かの玉の枝、持ちて来たる。かぐや姫に見せ奉り給へ(たてまつりたまえ)』と申しけり。」

「昔の人は、そういうときは、いつでも和歌を書いた紙をそえておいたんでしょ。何て書いたの?」

 

          いたづらに 身(み)は なしつとも

          玉の枝(え)を 手折らで(たおらで) ただに

          帰らざらまし

 

 わがまま王女さまが和歌の意味をたずねると、車持皇子は、こう説明しました。

「『いたづらに、身は、なしつとも』は、私の体は、『いたずら』、つまり、あちこちけがしたりして、とてもつらかったけれども、『玉の枝を手折らで、ただに帰らざらまし』、つまり、白玉がなっている木の枝を折らずに、ただそのまま帰ってくるものですか、と書いたなり。」

「竹取のおじいさまは、それで、だまされてくださったの?」

「ポン。」

「ポンとは、胸をたたく音。つまり、うまく行ったわけね。」

「そうなり。竹取の翁、中に走り入りて、『この皇子に申し給ひし蓬莱(ほうらい)の玉の枝(え)を、ひとつのところ、あやまたず、持ておはしませり。何をもちて、とかく申すべき。はや、この皇子に会ひ、つこうまつり給へ』と、かぐや姫に申し上げけり。ところが、かぐや姫は、ものも言はで、ほほづえをつきて、いみじう嘆かしげに思ひたり。」

 つまり、竹取の翁はたいへん喜んで、「さあさ、かぐや姫や。車持皇子さまに、蓬莱山に行って取って来てくださいとお前が言った、あの白玉の枝を、皇子さまはちゃんと取って来てくださったよ。もう、むずかしいことを言わずに、車持皇子さまに会ってさしあげなさい」とかぐや姫に言ったけれども、かぐや姫は、「ああ、嘆かわしいことだ」という様子で、ふみ机に向かって座って、手をほほにあてて考えごとをしていらっしゃった、というのです。

「そりゃあ、そうでしょう。」

 と、王女さまは思いました。

「それで、あなたは、気の毒になって、えんりょして、そっと帰ったの?」

『もちろん、そんなことはしないなり。『今さへ何かと言ふべからず』、つまり、今さら、何をおっしゃるのですか、『と言ふままに、縁に、はひのぼりたり』。つまり、そう言って、そのままかぐや姫がいる部屋の外の縁側に、はいのぼって行ったんだよ。』

「何とずうずうしい。」

「ところが、そのとき・・・。」

「そうよ、悪いことをすると、必ずじゃまが入るものなのよ。だれかがやって来たの?」

「竹取の翁、我にたずねたり。『いかなるところにか、この木は、さぶらひけむ』と。」

「おじいさまは、この白玉の木は、どんなところに生えていたのか、と聞かれたわけね。それで、あなた、何て答えたの?」

 王女さまが、そうたずねたときでした。突然、あたりが真っ暗になって、車持皇子の姿は、かき消すように消えてしまいました。

 「あら、車持皇子さんは、どこへ行ってしまったのかしら」と思っていると、突然、遠くに稲妻が走り、激しい雷鳴がとどろきました。あっと思う間に、稲妻も雷鳴もすぐ頭の上までやってきて、黒雲が、頭の上に攻め寄せて来たり、走り去ったりしました。

 

「はて、何事にてや、ありけむ」と王女さまが思っていると、稲光の中に、強そうな大人の男たちが六人ばかり、怒りの形相ものすごく、こちらに向かってやって来るのが見えました。

 中のひとりが、細い竹の先に手紙をはさんで差し出しながら、「わがまま王女に、もの申す」と大声で言いました。そこで王女さまは、六人の男たちの言い分を聞くことにしました。

「まず、あなたたちは、いったい誰なのか、そして、何を言いたいのかをお話しなさい。」

「我らは、王宮の大工たちなり。我らの棟梁(とうりょう)、漢部内麻呂(あやべの うちまろ)さまが、『玉の木を作りつかうまつれ』、つまり白玉の木を作れとおっしゃったので、内麻呂さまがおっしゃるとおりに、『五穀(ごこく)を断ちて、千余日(せんよにち)に力を尽くしたること少なからず。しかるに禄(ろく)いまだ給はらず』なのです。」

「うーん、ちょっとごめんなさい。はじめのほうは、分かったけれど、『五穀を断ちて』から後がわからないわ。わたしに何かしてほしいのなら、わたしに分かるように言ってちょうだい。」

 王女さまがそう言うと、実はこうなのだ、と六人の男たちは説明しました。

「車持皇子さまが、我らの棟梁、内麻呂さまに、白玉の木を作れとおっしゃったので、我らは、内麻呂さまのお指図で、五穀を断って・・・。」

「ああ、ちょっとごめんなさい。その『五穀を断って』というのは、何のこと?」

「五穀とは、米、麦、ひえ、あわなど、五つの穀物のことなり。こういうものを一切食べませんから、どうぞ、すばらしい仕事ができるように、我らを守ってください、と神々に祈ることなり。」

「わかったわ。それで、どうしたの?」

「内麻呂さまのお指図で、五穀を断って、千日余りもの日数をかけて、さまざまな努力をして最高のものを作ったのに、いまだ禄(ろく)を給わらず、なのです。」

 神に誓いを立ててまで、努力して白玉の枝を作ったのに、車持の皇子はまだその代金を払ってくれていない、というわけなのです。

 話を聞いて王女さまは、「なるほど」と思いました。

「では、その手紙にそのことが書いてあるわけね。でも、竹の先を割って、そこに大事な手紙がはさんであるのは、どういうわけなの?」

「どういうわけって、これが、大事な訴えを起こすときのやり方なり。」

「あ、そう。では、拝見するわね。」

 わがまま王女さまが細竹の先から手紙を抜き取って広げてみると、こう書かれていました。

 

「皇子の君、千日いやしき工匠らともろともに同じ所に隱れゐたまひて、かしこき玉の枝作らせ給ひて、官も給はんとおほせ給ひき。これをこのごろ案ずるに、『御つかひとおはしますべきかぐや姫の要じ給ふべきなりけり』と、うけたまはりて、この宮より給はらん」

 

「えー、なに、なに。『皇子の君は、千日間、身分の低い我々が寝起きして働いている、その同じ場所に、ずっと隠れておいでになりました。そして、我々が、すばらしい玉の枝を作れば、お代金だけではなくて、その上に、お前たちの位も高くしてやろう、とおっしゃった。まだその約束を果たしてもらっていないけれど、これはみな、かぐや姫さまのご注文で始まったことだから、お代金はかぐや姫さまからいただくのがよい、と言われたので、こうやって押しかけてきたのです』ですって?

 まあ、それでは、安心して、かぐや姫さまのところにおいでなさい。きっとあなたたちが納得行くように解決してくださるわよ。」

 王女さまのことばに、みんなは満足して引き上げて行きました。

 

「先生、今度は右大臣安倍御主人(あべの みむらじ)を呼び出してくださいな。」

 王女さまは、国語大先生にさいそくしました。

「かしこまって、ござるなり。今すぐに呼び寄せるなり。右大臣安倍のみむらじ、出て来いなり、出て来いなり。ナムナム、カラカラ、かぼちゃの種、メロンの皮、かんぴょう、ひじきに、干し大根。なむからやんの、からからとう!

 国語大先生が祈ると、また、ざわざわっと雨が降り、稲妻と雷鳴があたりに満ちあふれました。

「やや、何といふことなり。あやしきことかな」と王女さまが驚いていると、ふしぎな身なりの男がひとり、現れました。三人目に現れた貴公子なら、右大臣安倍御主人(あべの みむらじ)にちがいありません。早速王女さまは、きびしい声でたずねました。

「あなた、名は何というの? 安倍御主人ね。そうでしょ?」

 ところが、ちがうと言うのです。

「安倍御主人などという人物は、我が国には、いないなり。もしかしたら、海の向こうの、大和の国になら、そんな変わった名の人物が、いるかもしれないなり。」

 と言うではありませんか。そこで王女さまは、何か、頭に浮かんできた、どこかよその国のことばでたずねてみました。

What's your name?

 すると、返事は、こうでした。

「まるで名前か何かを聞かれているようなれど、我は、米国の人にあらねば、何を聞かれているのか、意味が、さっぱりわからないなり。」

 そこで、王女さまは質問を変えてみました。

How old are you?

「年を聞かれているようなれど、我は英国の人でもなければ、何と聞かれているのか、とんと、見当のつけようもない、なり。」

 そこで、もう一度、またちがう質問をしてみました。

Where do you come from?

「はて、いずこの者かと聞かれているようなれど、我はオーストラリヤ人でもなけれは、やっぱり、見当さえもつかないなり。」

 王女さまは、いいかげん、いらいらしてきました。

「それじゃあ、あなた、なに人よ?」

「我、唐人(からびと)なり。」

「まあ、中国の人なの。お名前は? お仕事は?」

「名は、王卿(おうけい)。唐の国の貿易船の持ち主なり。」

「分かった。あなた、右大臣安倍御主人に頼まれて、火鼠の皮衣(ひねずみのかわごろも)を取りに行くために、船に乗せてあげたのね。」

「半分『Yes!』で、半分『No!』なり。」

「どこが Yes で、どこがNo なの?」

 王女さまがたずねると、王卿は、歌で答えました。

 

Oh, yes!  Oh, no!

Oh, no!  Oh, yes!

何が Yes で、何が No

『右大臣安倍御主人に頼まれて』は、『No!

『だれだれさんに頼まれて』は、『Yes!

『火鼠の皮衣』も、『Yes!

『取りに行くために』は、『No!

『船に乗せてあげた』は、とんでもない、ない

絶対『No!』なり。

 

「これじゃ、頭の中は、めちゃくちゃだわ。

 唐の王卿さんにたずねますけど、『だれだれさんに頼まれて』が『Yes!』で、『右大臣安倍御主人に頼まれて』が『No!』だったら、だれがあなたに頼んだの?」

 王女さまがたずねると、頼んだのは右大臣安倍御主人の家来だった、という返事です。

「なんだ、それなら、右大臣に頼まれたと同じじゃない。まあ、いいわ。安倍御主人の家来が、唐の国までやってきて、あなたに火鼠の衣があるところまで連れて行ってほしい、と頼んだわけね。」

「連れて行ってほしい、とは頼まなかった。どこかへ行って、火鼠の皮衣を買ってきて、大和の国まで送ってほしいと頼んだなり。」

 これを聞いて、王女さまは、むっとしました。

「むっ。やっぱり、いいかげんな方法で手に入れようとしたわけね。それであなた、火鼠の皮衣を手に入れて送ってあげたの?」

「そんなことは・・・、ええと・・・、しなかったと思うような、気がするなり・・・。」

「そんなものは、そもそも無い、と返事したわけね。正直に?」

「うーん、たしか、そうだったと思うなり。」

 

 すると、そのとき、あたり一面に稲妻が走り、雷鳴がとどろきました。稲光の中を、怒りの形相もものすごく、ふたりの人物が走ってくるのが見えました。

「あなたがたは、いったい、どなたなり!

 わがまま王女さまは、ふたりに向かって、大声でたずねました。すると、ふたりは、嵐の中を声をふりしぼって言いました。

「我は、右大臣安倍御主人なり。」

「そして我は、家来の小野房守なり。」

 これを聞くと、唐土の貿易商人、王卿は、顔色を変えて逃げて行ってしまいました。

 これに気が付いて後を追いかけようとする右大臣安倍御主人と家来の小野房守を、わがまま王女さまが呼び止めました。

「ああ、もしもし、安倍の右大臣さんとご家来の小野さん、そんなに恐そうな顔をして、どうなさったの?」

「我ら、あの男にだまされたるなり。」

「それじゃあ、王卿さんは、あなたの頼みを引き受けておきながら、火鼠の皮衣を見つけることができなくて、何も送って来なかった。」

「送っては来たなり。」

「それで、あなたは、皮衣をかぐや姫さまのところに持って行ったの?」

「そのとおりなり。ところが、かぐや姫は、思いがけぬことを、言ったなり。」

「何て言ったの?」

「かぐや姫は、この皮衣は、火に焼かむ。焼けずばこそ、まことならめ、と思ひて、人の言ふことにも、負けめ。これを焼きて試みむ。」

「なるほど。かぐや姫さまは、本物の火鼠の皮衣かどうか、火に入れて試してみよう、もし焼けなければ、本物だと思って、あなたのことばに負けて、仕方なくあなたをわたしのお婿さまにしましょう、と言ったわけね。かわいそうじゃないの。あなた、自分が右大臣だから、いやがるかぐや姫さまを無理にお嫁にしようとしたりして。」

 こんな話をしているうちに、右大臣安倍御主人の胸のあたりに、めらめらっと、炎が燃え上がり始めました。炎は、たちまち大きな火となって、安倍御主人の体を包みました。右大臣は、火に焼かれながら、じっとうなだれたまま、立っています。

「御主人さん、あなた、火に焼かれて、熱くないの?」

「これはわたしの心の、うらみの火なので、どんなに焼かれても、我が身は冷たく、こごえるばかりなり。うらめしやー。」

 と言うと、すーっと、姿を消してしまいました。そばにいた家来の小野房守もいっしょに、すーっと消えて行きました。

 

「王女さま、王女さま。お茶のお時間でございますよ。」

 王女さまが、はっと我にかえると、王女さまの目の前には、おいしそうなお菓子とお茶が置かれていました。そして、そばに小間使いが立っていました。

「まあ、小間使いさん。あなたは、だれなの?」

「だれなのって、王女さまは、わたしをお見忘れなのですか。それともわたしが、だれか別の人に見えるのですか。」

 小間使いがたずねました。

 王女さまは、ちょっと考えて、小間使いにたずねました。

「もしかしたら、あなた、かぐや姫? それとも、かぐや姫さまのお付きの官女?」

「何をおっしゃいますやら。さあさ、お茶を召し上がったら、宿題ですよ。きょうは国語のお勉強でしたが、王女さまが途中でねむっておしまいになったので、国語大先生はしかたなく、宿題を置いてお帰りになりました。お茶のあとで宿題をなさったら、わたしが先生のおたくにお届けすることになっています。」

「ふーん。うそじゃないでしょうね。」

「宿題なんか、うそであってほしい、と思う心が、これはうそだと思わせるのでしょう。でも、王女さま、この宿題の中に出てくる五人の皇子たち、みんな正直な人たちばかりなんですね。正直だからいっしょうけんめい、たいへんな骨折りをして、それが全部うそになってしまって、けっきょく千年経っても、まだうそつきだと思われて、お気の毒だと思います。」

「あら、そうなの? そう言えば、そうね。相手が、ぜったいにお嫁さんになんかなれないかぐや姫でなかったら、解けるはずのない問題なんか、出されるわけなかったんだものね。

 そうね。それなら、お茶が終わったら、すぐに宿題をやって、五人の皇子たちを安心させてあげましょう。」

 王女さまは、おいしいお菓子と、おいしいお茶を、心行くまで楽しんで、いい気分で宿題を終わらせました。

 

 起立、気をつけ、礼。

 先生、王女さま、みなさん、さようなら。

 来週は、また、算数大先生の勉強にもどりましょう。

 臨時増刊号は、これでおしまい。

 こうして算数大先生がお相手になって、せっかく王女さまの勉強がはじまったのですが、きょうは、突然、算数大先生が病気になってしまいました。からだは元気なのですが、「ああ、また、あの王女さまのお相手をしなければならないのか」と考えると、どっと疲れが出てしまうのです。

 これは大変だ、と教育大臣が考えて、一日だけ、国語大先生に代わりに授業をしてもらうことにしました。

 

「王女さま、きょうは、算数大先生に代わって、わたくし、国語大先生がお授業に参りました。」

 初めて出会う国語大先生の顔を見て、わがまま王女さまは、「ふふふ。この先生をどうやってからかってあげようかしら」と心の中で思いました。

 そんなことに気づかず、国語大先生は、明るい声で言いました。

「さあ、王女さま、きょうもお元気に、楽しくお勉強いたしましょう。」

「ええ、いいわよ。」

 王女さまも、同じように、明るい声で言いました。

「では、しっかりとお勉強いたしましょう。」

 先生は、念を押すように言いました。

「ええ、どうぞ。」

 王女さまは、いかにも気軽そうな様子で言いました。

「ええと・・・何からお勉強いたしましょうか。」

 先生は、ややどぎまぎした様子で言いました。

「何でもいいわよ。お好きなことなら、何でもどうぞ。」

 王女さまは、さあ、どうぞ、という様子を顔に見せながら言いました。

「え? 何でもって、王女さま、これは、あなた様のお勉強なのですから・・・。」

「あら、そうだったの。知らなかったわ。先生が『お勉強しましょう』とおっしゃるから、わたしは、先生がご自分でお勉強なさりたいと思って、『どうぞ』って言ってさしあげたのよ。先生、少し国語のお勉強をなさったほうがいいわ。」

 王女さまは、「さあ、これでわたしの勝ちだ」と思いました。

 けれども国語大先生は、ぱっと明るい顔になって言いました。

「国語のお勉強 ― それは、名案ですね。さすが王女さま。すぐに名案をお出しくださいました。」

「そうでもないわ。わたしに今から国語なんか教えようとしても無駄よ。漢字ならもう全部知ってるし、ことば遊びならわたしの得意だし、『だれが、いつ、どこで、何した』だって、『遠くで十の狼が』だって、もうとっくに勉強してよく知っているのですから。」

 王女さまは、できるだけ迷惑そうな声で言いました。

 ところが国語大先生は、むっとも、かっともならずに言いました。

「それは、そうでしょう。国一番の先生が選ばれて、王女さまにさまざまなことをお教えしているのですから、おできにならないことや、まだご存知でないことが残っているわけがございません。きょうは、お勉強ではなく、楽しいお話をいたしましょう。世界の文学のお話を。」

「先生、ブン学はいやだわ。だってわたし、もう、分子のことも、分母のこともよく知っていますから。」

 王女さまは、あきらめず、抵抗を続けます。

「文学は、分子や分母に関係ありません。たとえば、アラビアやインドの古い話、アンデルセンの『マッチ売りの少女』やグリム兄弟の『十二羽の白鳥』、イギリスの古い伝説『アーサー王物語』。こういうものを文学と申します。」

 先生は、あきらめずに説明を続けます。

「なんだ、そんなことだったの、文学というのは。」

 王女さまは、「文学」ということばの意味がわかったようでした。そして、結論を言いました。

「つまり、文学とは、映画やアニメのストーリーのことね。」

 

 さて、そんなむだ話に付き合っていても仕方がないので、国語大先生は、とにかく文学の授業を始めることにしました。

「我が国で文学と言えば、竹取物語こそが、今日で言う『文学』というものの最初だと言われています。」

「あら、ぬすびとの話が我が国の文学の初めだなんて、みじめだわ。」

 王女さまは、残念そうに言いました。

「王女さまは、なぜみじめだとお思いなのですか。それに、竹取の翁の物語を、なぜぬすびとの話だとお思いなのですか。」

 先生は、不審に思ってたずねました。

「だって、竹取の翁って、竹を取って暮らしたからそんな名が付けられてしまったんでしょう。人の物を取って暮らすなんて、よくないことよ。」

 王女さまのことばに、国語大先生は、あきれてしまいましたが、それでも気持ちをおさえて言いました。

「竹取の翁というのは、他人の竹を盗んで暮らしていたという意味ではありません。竹やぶの竹を切って、これで物を作り、里人に売って日々の暮らしを立てていた、という意味でございます。」

「なんだ、そういうことなら、竹取の翁も初めから正直にそうと打ち明けていれば、少しもわたしに疑われることはなかったのに。では、疑いが晴れたので、わたしが許します。先をお続けなさい。」

 王女さまは、威張って言いました。

「お許しいただいて、ありがとうございます。

 竹取の翁は、ある日、根元の辺りが光っている一本の竹を見つけました。」

「あ、ちょっと待って。その先は、わたし、よく知っているから、わたしに話させて。あ、どうも、お許しありがとう。」

 王女さまは、勝手に、先生の話を横取りしてしまいました。

「根元の辺りが光っている竹を見ると、竹取の翁は、裏の竹薮、誰、竹、立てかけた。お梅に、お竹に、お松を呼んで、竹筒、竹籠、竹串、竹箸、竹蜻蛉。竹の花立て、竹の

茶碗に竹の皿。竹の草履に、竹の沓。何でも竹で作りましょ。お竹はお梅に、お梅はお松に、お松は誰かに言い付けて、竹を一本切らせました。おっと待った、ねえちゃん、この竹おれが見つけた竹だ、竹はやるが、中身は置いてけ、おれがもらって行くぜ。

 こうして、竹取の翁はかわいいお姫様をおうちに連れて帰り、『媼』と・・・あら、わたし、この漢字知らないわ。先生、読み方と意味を教えてくださいな。」

「『媼』は、『おうな』と読みます。」

「なぜ『追うな』なのですか。」

「『媼』は、追いかけるなどということとは、およそ無縁なことばです。平安時代のことばで、男子の老人は『翁』、女子の老人は『媼』と申したのです。」

「まっ、『女子の老人』だなんて失礼な。先生、あなたは死刑よ。」

 王女さまは、椅子から立ち上がって言いました。けれども、国語大先生は落ち着いて応じます。

「私を死刑などになさいましたら、私は地獄の閻魔大王に言いますよ。私が地獄に来たわけは、王女さまがよくご存知ですから、どうか、王女さまを地獄に呼んで、わけをおたずねくださいと。」

 「それなら、先生、地獄ではなくて、天国にいらっしゃい。天国なら、いつでもわけを説明しに行ってあげましょう。」

 王女さまは、少し慌てて言いましたが、先生は少しも慌てず、言いました。

「それは、けっこうでございましょう。けれども、行き先は天国でも地獄でも、行ったら行きっ切りになってしまいますが、それでもよろしゅうございますか。」

「それは、困るわ。このことは無かったことにして、竹取物語をお続けなさい。」

「では、先を続けさせていただきましょう。

 かぐや姫さまが大きくなると、この国の五人の貴公子が、何とかしてかぐや姫さまのお婿さまになりたいものだと思いました。」

「読めた。五人もの飛行士に気に入られたので、それでかぐや姫は天に昇ることができたのね。」

 また王女さまの邪魔が入りましたが、国語大先生は、「えへん」と咳払いをして、王女さまの邪魔を払いのけました。

「かぐや姫さまは、実は、この世の方ではありませんでしたから、この世のどなたもお婿さまにすることはできません。そこで、五人の飛行士の一人ひとりに、決して解けることのない、難しい問題を出しました。

 五人の貴公子のうちのまずお一人目は、石作皇子(いしづくりのみこ)さまというお方でした。かぐや姫さまがおっしゃいますには、『石作皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり、それを取りて給へ』というのです。」

 すると、王女さまが手を挙げて質問しました。

「先生、質問です。いまのは、どこの方言ですか。」

「これは、方言などではございません。」

「そんなこと、ないでしょ。だって、『いしづくりのみこには、ほとけのみいしのはちとイフものあり、それをとりてタマヘ』だなんて、よその地方の人には絶対にわかるはずのない、大変な方言だわ。とくに最後の『タマヘ』なんか、この国のことばとは、とても思えないわ。」

「それは、『たまえ』と読むのです。仏の御石の鉢と『イフ物』は、『イフ物』ではなく、『なになにという物』と読みます。

 これは十世紀ごろ、すなわち、今を去る約千年余り昔の我が国のことばなのです。」

「千年! 千年の昔に生まれていたら、わたしはそんなことばをしゃべっていたの。」

「実際に人がそのように話していたかどうかは、確かではありません。その時代に文字で書かれたことばを今読めば、そんなふうに読めるということです。実際に、千年昔の人々が口で何と言っていたかは、ただいま、古いことばに詳しい国中の学者が研究を進めている最中なのです。」

「それじゃあ、先生、もしかしたら、これを書いた人は、口では、『石作りの皇子さんにゃあ、仏さんの石っころの鉢っちゅうもん、あんでござんす。そやよって、それをば、持っち来なんせえよォ』なんて、言ってたのかしら。」

「そうかも知れませんし、そうでないかも知れません。」

「まっ、いいかげんね。ところで先生、その『仏の御石の鉢』とは、なんですか。」

「これは、何と難しいご質問。昔、お釈迦さまが『寂滅』(じゃくめつ)、つまり、お亡くなりになりました。お釈迦さまがこれからいよいよ寂滅なさろうというそのときに、四天王と呼ばれる四人のお弟子さまがお傍に寄って、青い石でできた鉢を一つずつ、ご献上なされました。」

「つまり、何をなさったの?」

「鉢をお釈迦さまの前に差し出したのです。お釈迦さまは、四つの鉢をお受け取りになると、法力をもってこれを一つに合体なさいました。これが、中国のずっと西、西域(せいいき)と呼ばれるところにあると伝えられる、聖なる石の鉢でございます。昔の人は、それは天竺(てんじく)にあると思っていました。天竺とは、今で言うインドのことでございます。

 かぐや姫さまは、それを取って来れば、石作皇子さまのお嫁さまになってあげようとのおおせなのです。」

 これを聞いて王女さまは、大声をあげました。

「できっこないわよ、そんなこと。そもそも、この国から中国まで行くのだって、千年昔は命がけだったはずよ。そこからまた、馬やら駱駝やらに乗ったり歩いたりして西域まで行ってみたら、あら、残念でした、御石の鉢はここにはありません、天竺に行ってお探しなさい、なんて言われたら、泣いても泣き切れない。とてもできない相談だわ。

 私だったら、どこかそこいらへんのお寺の裏庭にでも行って、古くなった石の鉢か何かを拾って来るわ。」

「実は、石作りの皇子さまは、その通りのことをなさいました。皇子さまは、王女さまと同じようなお考えをなさる方だったのでございます。」

 王女さまは、この国語大先生のことばを聞きとがめました。

「あら、それって、わたしを誉めて言ってくださっていることばとは、少しも聞こえないけれど、私の思い過ごしかしら。」

「さあ、どうでございましょうか。それより、王女さま、お二人目の皇子さまのお話をお聞きなさりたくはありませんか。」

 先生は、さっさと話を先に進めました。

 

「次の皇子さまのお名は、車持皇子(くらもちのみこ)と申し上げました。」

「くらくらするようなお名前の皇子さまね。

 先生、わたし、ちょっと予習してきたので、質問があります。」

「えっ、王女さまが予習を?」

「困るのですか、わたしに予習されると。」

「そんなことは、ございません。ただ、予想しないことだったので、驚いただけでございます。何なりとおたずねくださいませ。」

 国語大先生は、慌てて言いました。

「ではおたずねします。『くらもち』とは明らかに『倉持ち』のことなのに、なぜ先生の本には『車持ち』なんて書いてあるのですか。『くら』ということばには『倉』と『蔵』の二つの漢字があるから、そのどっちかなら納得がいくけれど、『車』だなんて、どう考えてもおかしいわ。

 おかしいと思うことは、もう一つあります。それは、わたしが予習してきた国語の教科書には、「くらもち」とひらがなで書いてあることです。『倉』と『蔵』と『車』のどれが正しいか決められなかったのですか。」

「王女さまのおっしゃることは、もっともです。決められなかったわけではなくて、『車持』も『蔵持』も『倉持』も、全部正しいから平仮名で書いたのです。

 竹取物語は、お寺の文書でもなく、お役所の文書でもなく、学問の書物でもなく、文学でしたから、初めから終わりまで、漢字ではなく平仮名で書かれていました。源氏物語も、それから有名な鉢かつぎ姫のお話が載っています宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)も、昔の文学作品は、すべてひらがなで書かれていました。」

「そんなことないわ。万葉集も古事記も日本書紀も、みんな漢字で書いてあるわ。」

「王女さまはよくご存知ですね。実は、万葉集や古事記や日本書紀が書かれたのは、竹取物語が書かれた時代より、もっとずっと前のことで、まだ、平仮名が生まれてはいなかったのです。はじめ、我が国のことばは、すべて、中国から輸入した漢字を使って書かれていました。」

「漢字が輸入品なら、箱にでも入れて、ロープで縛って、船に乗せて運んできたのですか。」

「そうなのです。荒波の荒れ狂う海の上を、何年もかけて、命がけで運んできたのです。王女さまは、よくご存知でいらっしゃいますね。」

「そうでもないわ。ぶすーっ。」

 王女さまは、せっかく国語大先生の話の腰を折ろうと思って、でたらめを言ってみたのに、そのでたらめが当たってしまったので、幾分ご機嫌が悪くなりましたが、先生はかまわず先を続けました。

「後になって、平仮名が生まれてからは、文学作品はすべて平仮名だけで書かれるようになりました。今のように、漢字と平仮名を混ぜて使ったほうが便利だと考えるようになったのは、ずっと後のことなのです。」

「わかったわ。それなら、『くらもち』を漢字で書けばこんな字になると考えたのは、ずっと後のことなのね。」

「そうなのでございます。今もこの国には、倉持さん、あるいは蔵持さんという苗字がありますが、竹取物語の『くらもちのみこ』は、今の倉持さんや蔵持さんと同じ名なのだということが、さまざまな方がご研究なさって、だんだん分かってきたのです。

 そのうえに、『倉持』も『蔵持』も、もとは『車持』と書いた、ということも分かるようになりました。ですから、『くらもちの皇子』を漢字で書こうとすれば、『車持の皇子』が一番、竹取物語の時代に近いのです。」

「なるほど。それで、車持皇子は、かぐや姫さまに何を持って来いと言われたの?」

「車持皇子には、東の海に蓬莱(ほうらい)といふ山あるなり。それに白銀(しろかね)を根とし、黄金(こがね)を茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それ一枝折りて給わらむ。」

 これを聞いて、王女さまは、「まっ」と思いました。

「なんてまずそうな果物の木なんでしょう。根が銀で、茎が金でできている木になる果物なんて、カキンコキンで、食べたら前歯が折れて、かぐや姫は、歯がかけや姫だわ。

 では、先生、三人目の貴公子は誰ですか。」

「三人目の貴公子は、安倍右大臣(あべの うだいじん)とおっしゃる方でございます。」

「まっ、大臣なの。大臣なら、貴公子なんかじゃないわ。右大臣と言えば、左大臣(さだいじん)より位が上で、それより上といえば、もう帝(みかど)しかないのよ。つまり、天皇の次の位の人でしょ。平安時代のことだから、そんな位の人なら、お嫁さんだって何人いるかわからないし、周りの人を押しのけるようなことも、いっぱいしたに違いない。そんな人がかぐや姫さまのお婿さんになりたいだなんて、許せないわ。」

 王女さまは、かんかんになって言いました。

「まあ、まあ、王女さま。そうかも知れませんし、そうでないかも知れません。人というのは、会ってみなければ、わかるものではないのですよ。」

「それなら、安倍右大臣を、ここに連れてきてちょうだい。わたしが会って話をして、ふさわしくない人だったら、叱ってあきらめさせます。」

「えっ!」

 国語大先生は、驚いて、あきれて、何と言えばよいのか、わからなくなってしまいました。

「やっぱりそうなんだわ。ふさわしくない人だから、私に会わせたくないのでしょう。いいわ、わたし、自分で右大臣をここに呼んで調べます。ええと、あら、どれかしら・・・。」

 王女さまは、机の上にずらりと並んでいる呼び鈴を見て、はたと困りました。机の上には、小間使いを呼ぶ鈴、総理大臣を呼ぶ鈴、教育大臣を呼ぶ鈴、そのほかいろいろな鈴がありましたが、右大臣を呼ぶ鈴と左大臣を呼ぶ鈴だけはありませんでした。

「先生、なぜかしら?」

 王女さまは、国語大先生にたずねました。

「さあ・・・ひょっとしたら、右大臣さまは、旅にでも出て、今はお留守かも・・・。」

 先生は、ばからしいとも言えないので、いいかげんな返事をしました。

「旅・・・きっとそうだわ。だって、右大臣はかぐや姫さまに何かを探して来いと言われて、それを探しに行ってるんだわ。調べるのは、旅からもどってからにしましょう。」

 国語大先生は、それを聞いて、ほっと胸をなで下ろしました。

「それがよろしいかと存じます。何しろ、安倍右大臣さまは、唐土(もろこし)にある火ねずみの皮衣(かわぎぬ)を給へと言われて、唐土の国へご出張なのですから。」

「まあ。唐土にある火ねずみの皮衣ですって。それは何ですか。」

「それはでございますね・・・。」

 国語大先生は、王女さまに説明しました。

「火ねずみの皮衣と申しますのは、唐土、すなわち、大昔の中国の人々がこの世にあると考えていた想像上の品で、火中(かちゅう)、すなわち火の中から生まれた火ねずみの毛で織った布で、火に合っても焼けることのないもの、何かで汚れてしまったときには、これを火の中に入れれば、汚れはたちどころに消えてしまうという、不思議な布なのです。」

「では、四人目の貴公子は、何を持って来いと言われたの?」

「四人目の貴公子は、大伴大納言(おおともの だいなごん)とおっしゃる方で、この方に出された問題は、『大伴大納言には、竜(たつ)の首に五色(ごしき)に光る珠(たま)あり。それを取りて給へ』というものでした。」

「先生、おたずねしますけれどね・・・。」

 王女さまが口をはさみました。

「そんな首飾りをつけた竜が、どこにいるというのです?」

「その竜は、九重の淵(ここのえのふち)という、それはそれは恐ろしい淵に住んでいます。この竜の首にかかっていますのは、五色に輝く、世にもまれな一個の真珠で、首飾りというわけではありません。」

「先生は、どうしてそんなことをご存知なのですか。かぐや姫さまが、先生にそう言ったのですか。」

「かぐや姫さまは、わたくしに何もおっしゃってはいません。唐の国に伝わる『荘子』(そうし)という大昔の書物をひもとくと、この竜の珠のことが書かれています。」

「本を読むことを、なぜ『ひんもどく』だなんて言うのですか」

「『ひんもどく』ではなく、『紐解く』、つまり、本のひもをといたのです。」

「本のページがばらばらになってしまわないように、紐で縛っておいたのですか。」

 王女さまは、「おっほ、ほほほほ。このむだ話で10分はかせげる」と、心の中で笑って言いました。ところが、これは、むだ話にはなりませんでした。

「まあ、王女さま、そんなことまで予習なさってくださったのですね。それなら、お話し申し上げましょう。ずっとずっと大昔、まだ、紙というものが発明されていなかった昔、文字は竹の板や木の板の表面に書きました。そんな板が一枚で用がすむときには、その一枚をしまっておけばよかったのですが、5枚、10枚、ときには20枚、30枚でひとつの話になるときには、この板を紐でたばにしてしまっておきました。そして、必要なときにはこれを取り出して、紐を解いて読んだのです。」

 国語大先生の返事を聞いて、王女さまは、残念そうに言いました。

「なんだ、そういうことだったの。それにしても、先生がそんなものを紐解いたりなさらなければ、かぐや姫さまだってそんな問題出さなかったかも知れないのに、めんどうなことをなさったものね。でも、仕方がないわ、もう紐解いてしまったものは。今ごろ、安倍右大臣は大変な苦労をしているでしょうね。」

 そう言った後、王女さまはすぐに、「なに、だいじょうぶよ」と思い直しました。

「どの皇子もどの皇子も、誰一人として正直な皇子はいなかったのだから、みんな不合格だったのよね。安倍右大臣も、きっといいかげんなことでごまかそうとして失敗したにちがいないわ。

 そんな大臣の話、もう聞きたくないから、先生、五人目の貴公子の話を聞かせてくださいな。この人も、きっと不合格だったにちがいないわ。五人目の貴公子は、何という名で、何を取りに、どこに行かされたのですか。」

「五人目の貴公子さまの名は、石上中納言と書いて、『いそのかみのちゅうなごん』さまと申し上げます。かぐや姫さまは、石上中納言に、こうおっしゃいました。」

 

 『石上中納言には、つばくらめの持ちたる子安(こやす)の貝一つ取りて給へ』

 

「これは、簡単だわ。」

 と、王女さまは言いました。

「だって、『つばくらめ』というのは、千年の昔のことばで、つばめのことでしょ。きっと、海岸近くに住んでるイワツバメのことだわ。イワツバメが口にくわえて飛んできた子安貝を横取りすればすむことよ。」

「さあ、どうでしょうか。そんなに簡単にはいかないかも知れませんよ。

 アジャリ、グジャリ、ナムカラ、ナムカラ。熊の手のツメ、カエルの手のツメ、ヤモリのキバ。ああら、ナムカラ、ナムカラ。」

「あら、驚いた。先生、どうなさったの? そんなに目をむいて、変な呪文なんかとなえて。」

「シーッ。

 王女さま、今、五人の貴公子たちの霊を呼び出しているのです。これから、一人ひとり、王女さまの目の前に出てきて、自分たちの旅のもようをお話しなさいます。

 けれども、ここに大事なことがあります。この者たちは、皆、千年の昔の霊でございますから、王女さまは決して話しかけたり、返事をしたりなさってはなりません。それらの者と口をおききになりますと、王女さまの霊が千年の昔に吸い寄せられてしまって、王女さまのお体はここにあれども、たましいは千年のかなたをさ迷うことになります。ですから、ゆめゆめ、口をきくことなかれ、ナムカラ、ナムカラ、熊の手のツメ、カエルの手のツメ・・・。」

 すると、あたりは突然、ぱっと、真の闇(やみ)になりました。

 

 やがて、その闇の中のある場所が、ぼうっと明るくなってきて、その中に、ひとりの貴公子の姿が見えました。どこか、疲れた感じに見える皇子さまでした。

「あなた、だあれ?」

 王女さまがたずねました。

「我は、千年の昔に、この世にいたる、石作皇子なり。」

「ああら、石作皇子さんだったの。西域か、もしかしたら天竺か、どっちかにあるという、仏の御石の鉢は、あったのですか。」

「天竺に二つと無き鉢を、百千万里のほど行きたりとも、いかで取るべきと思ひて、かぐや姫のもとには、今日なむ天竺へ石の鉢、取りにまかると聞かせて、三年ばかり経て、大和(やまと)の国、十市(とおち)の郡(こおり)にある山寺に、びんずるの前なる鉢の、ひた黒(ひたぐろ)に墨(すみ)付きたるを取りて、錦(にしき)の袋に入れて、造り花(つくりばな)の枝につけて、かぐや姫の家にもて行きて、見せたりけり。」

「あらっ、まっ、あなた、それは、いけないことなり、よ。

 あなた、方言がきつくって、あなたの言っていること、よくわからないところが、あちこちにあるけれど、要するに、天竺まで行ったふりをして、どういうわけでか、墨が付いて真っ黒になった鉢があるのを見つけて、それにちょっと細工をして、きれいな袋に入れて、かぐや姫さまのところへ持って行ったのね。ちゃんと天竺に取りに行かなきゃ、だめじゃないの。」

「天竺にあるものも、持て来る(もてくる)ものかは。」

「天竺にあっても、そんなもの、持って来れるわけがない、というのね。そりゃあそうでしょうけれど、ほんとにお婿さまになりたかったら、かぐや姫さまをだまそうとしたりせずに、ちゃんと天竺に行くべきだったわよ。」

「天竺に二つと無き鉢を、百千万里のほど行きたりとも、いかで取るべき。」

「はるばる天竺まで行ってみても、広い天竺にたった一つしか無い鉢なんか、手に入るわけがないって? わたしもそう思うわよ。でも、『行ってきました』って言ったんでしょ。百千万里も行く代わりに、ほんとうはどこに行ってたの?」

「大和(やまと)の国、十市(とおち)の郡(こおり)にある山寺に、びんずるの前。」

「さっきも、そう言ってたわね。大和の国の十市の郡というのは、今のことばで言えば、奈良県十市郡(とおちぐん)のことでしょ。それって、実は、あなた、自分のおうちのことでしょ? どこへも行かずに、三年間、自分のうちにじっとかくれていて、『ハーイ、かぐや姫、ただいま』だなんて、ひきょうよ。

 それで、あなたのおうちの近くの山寺の『びんずるの前』とは、何のこと?」

「なんじ、びんずる尊者(そんじゃ)のことを知らざるか。」

「知らないから聞いてるんじゃないの。」

「びんずる尊者とは、釈迦の弟子、十六羅漢の第一の尊者のことなり。」

「つまり、お釈迦さまのえらいお弟子さまたちの中に、特に十六人の羅漢(らかん)さまたちがいらっしゃって、その方たちは、あなたとちがってよくお勉強なさっていたから、尊者(そんじゃ)さまと呼ばれていらっしゃった。その十六人の中に、『びんずる』という名の方がいらっしゃったというわけね。」

 石作皇子のことばの意味がやっとつかめましたが、それでも王女さまは、どうしてそんな方の像の前に石の鉢が置いてあったのか、まだわかりません。わけをたずねると、石作皇子は、こう返事しました。

「昔は、寺々の食堂(じきどう)に、びんずる尊者の像を立て、これに食物を供える(そなえる)を常としたるなり。」

「あらそう。それじゃあ、どこのお寺にも必ずある石の鉢を持って行ったのね。それなら、すぐに見破られてしまうわよ。」

「それが、すぐには見破られずにすんでいたなり。」

「あら、どうして?」

「だって、ひた黒に墨付きたるを取りて、錦の袋に入れて、造り花の枝に付けて持て来て見せければなり。」

「あら、そう。それで、ばれなかったわけね。」

「ところが」

「ほら、ごらんなさい。ばれちゃったのでしょう。」

「かぐや姫、怪しがりて・・・。」

「だれだって、あやしがるわよ。それで、どうなったの?」

「かぐや姫、怪しがりて見るに、鉢の中に文(ふみ)あり。」

「ふみというのは、お手紙のことね。あなたが書いて入れといたんでしょう。」

「その通りなり。かぐや姫、文を広げて見たれば・・・。」

 

          海山の 路(みち)に心を 尽くし果て

      ないしの鉢の 涙流れき

 

「何よ、それ?」

「和歌なり。」

「和歌だということは、分かるけど、意味がわからないわ。あなたが書いたの?」

「その通りなり。」

「で、どんな意味? 『海山の路に心を尽くし』は、何となく分かるけど、その先は、ごちゃごちゃだわ。『はてな、石の鉢の 涙 流れき』って、何なの?」

 王女さまがたずねると、石作皇子は、「これは、そうは読まないなり」と言います。じゃあ、どう読むのかとたずねると、石作皇子の返事は、こうです。

「『海山の路に心を尽くし果て』まで、一気に読むなり。」

「わかったわ。海を越え、山を越えて、うんと遠くまで旅を重ねたものだから、もう、心がすっかり疲れちゃった、というわけね。ほんとうは、どこへも行かなかったんだけど。」

「その後は、『はてな、石の鉢』じゃなくて、『ないしのはちの涙、流れき』と読むなり。」

「まだ分かんないわ。」

「千年の昔の人なら、だれでも、ああ、これは『泣いしのは、血の涙、流れき』、つまり、『ぼくは、泣いたよ。血の涙を流して泣いたよ』と言っているのだ、とすぐに分かるなり。」

「なんだ、『泣いたよ、血の涙を流して』と『これは石の鉢なんだよ』との語呂合わせをしようと思ったわけね。今のは、ちょっと苦しかったわ。それで、かぐや姫さまは、その和歌と、にせの鉢を見たの?」

「見たるなり。」

「ああ、そう。それで、うまくだまされてくれたの?」

「かぐや姫、光あるやと見るに、蛍(ほたる)ばかりの光だに無し。」

「つまり、本物の『御仏の石』の鉢なら、後光(ごこう)がさしているはずなのに、見ると、後光どころか、蛍ほどの光も、露(つゆ)ほどの光も、なかったわけね。そりゃあ、そうでしょう。

 で、かぐや姫さまは、どうしたの?」

「ぼくの和歌に、返事を書いて送ってくれたなり。」

「あ、そう。それで、何て書いてあったの?」

 

 置く露の 光だにぞ 宿さまじ

 おぐらの山にて 何求めけん

 

「この石の鉢は、露ほどの光も宿していなくて、あたりは、ほの暗い感じにしか見えない。あなた、おうちのすぐ近くの小倉山に行って、何を手に入れて来たのって、言われちゃったのね。

 それで、どうしたの?」

「仕方がないので、われは、その鉢を門にすてて、歌の返しをす。」

「つまり、お寺から盗んで来た石を、門口にすてて、歌の返事をしたわけね。何て書いたの?」

 

 白山(しらやま)に あえば 光の うするかと

 鉢をすてても たのまるるかな

 

「なに、なに。あの白山のように光り輝いていらっしゃるあなたの前に置いたから、それで、光が薄れてしまったと思って、わたしは鉢をすてたけど、ひょっとしたら、いつかわたしのことを考えてくださるんじゃないかと、まだまだあなたの心を頼りに思っています、だって?

 あなた、鉢をすてた後でも、まだそんな歌を送ったの。はずかしいと思わないの?」

「だから、面目なきことをば、『鉢をすつる』とは、言いける。」

「ほんとかしら。

 でも、いいわ。もういいから、石作皇子さん、あきらめてあの世にお帰りなさい。」

 王女さまがそう言うと、石作皇子は、いかにも面目なさそうな様子で、消えて行きました。

 

 そのとき、国語大先生が、また、声をふりしぼって呪文をとなえました。

「ナムカラ、ナムカラ。」

 すると、また、あたりが真っ暗になり、そこに、ぼうっと、ひとすじの光がさしてきて、その光の中に一人の貴公子の姿があらわれました。

「今度は、車持皇子さんね。あなたはどんな計略をめぐらしたの?」

 すると、車持皇子は答えました。

「おおやけには、筑紫(つくし)の国に湯浴み(ゆあみ)にまからむとて、暇(いとま)申して・・・。」

「ああ、ちょっと待って。あなたの言うこともまた、よくわからないから、そこまでのところを、もういっぺん、分かりやすく言ってちょうだい。いつ、どこで、だれが大やけどなんか、しちゃったの?」

 すると、車持皇子は、「とんでもない」と言いました。

「だれも、『大やけど』なんかしていないなり。『おおやけ』とは、『公』と書いて、天皇さまのことを言うなり。」

「なんだ。天皇さまに、ちょっと出かけてくるから、しばらくお暇をください、って言ったわけね。そしたら、天皇さまが、どこへ行くのかって、おたずねになったのね。」

「そうなり。」

「で、何て答えたの?」

「九州の筑紫の国に、『湯浴み』しに参ります、と答えたるなり。」

「あら、『湯浴み』って、温泉につかりに行きます、っていうことでしょう? で、天皇さまが、ああ、いいよ、ゆっくり遊んでおいでって、言ってくださったの?」

「湯浴みとは、遊びではなくて、重い病気を治すために、何日も温泉に入ることを言うなり。」

「つまり、わたしは病気です、と言って、大事なお仕事を休んだわけね。かぐや姫さまにもそう言って出かけたの?」

 王女さまがたずねると、車持皇子は、

「もちろん、そんなことは言わないなり。かぐや姫の家には、『玉の枝、取りになむ、まかる』と言わせてなむ、まかる。」

 と、答えました。

「あなたって、何かがんばって言おうとすると、『なむ』、『なむ』って、しきりに言うのね。竹取物語の時代の人は、みんな、そんなふうに言ってたの?」

「言っていたかどうかは、わからないけれど、文字でことばを書くときには、そんなふうにやっていたなり。」

「わたし、いま気がついたけれど、あなたって、頭がいいのね。白玉の枝を取りに唐土(もろこし)にあるという蓬莱山(ほうらいさん)行くためには、船に乗らなくちゃならない。そして、筑紫の国に行くにも、やっぱり船に乗らなくちゃならない。だから、ほんとうに船に乗ってみせれば、天皇さまのおそばの人たちは、ああ、車持皇子は筑紫の国に行ったと思い、かぐや姫のおじいさんとおばあさんは、ああ、車持皇子は唐土の蓬莱山めざして出かけていった、と思うわけね。

 それで、実際はどっちに行ったの?」

「どっちにもなむ、行かなかったなり。」

「えーっ、うそーっ。」

 かぐや姫さまは、思わず声をあげました。

 

                                                                             つづく

 

 ある国の、あるお城に住んでいるわがまま王女さまが、あるとき、かんしゃくを起こして、

「なによ、もう、学校なんか、きらい。勉強ならいくらでもするし、もみじがりにも、いもほりにも行くけれど、学校はもうだめ。この国に、学校は禁じます。」

 と言って、国じゅうの学校を全部閉じさせてしまったので、この国から、学校というものがすっかりなくなってしまいました。

 それでもやっぱり王女さまには、勉強をしてもらおう、ということになり、お城の中に、学校ではなくて、ただの「勉強室」が作られました。

 勉強室の入り口には、「2年5組」と書いてあります。

 ほんとうは、王女さまは、三年生か、四年生、もしかしたら、もっと高学年かもしれないのですが、勉強がきらいで、いつも簡単なことでお茶をにごそうとするところがあるので、教育大臣も困ってしまって、王女さまの命令どおりに、「2年5組」と書くようにと、お城の看板係りのお役人に命じたのです。

 それに、王女さまは、いろいろと、なんくせをつけたがるところもありました。

「先生、お茶をにごすとは、どういうことを言うのですか。それから、なんくせをつける、ということの意味も知りたいわ。きっと、わたしのことを言ってるんでしょう。そうでなかったら、この広いお城の中の、だれのことを言っているのか、教えてもらいたいわ。

 教えてくれるまで、問題の答えがわかっても、わたしは答えませんからね。」

 そんなことを言っているうちに、やがてカネが鳴ってしまうことを、王女さまはちゃんと知っているのです。いつも、そんなことで、まわりの人たちを困らせてばかりいるのでした。何しろ、このお城の中でいちばんいばっていられるのは、王女さまだけなのですから。

 それでも、教育大臣が王女さまに、きびしくものを言うことが、ときにはありました。

「王女さま、お城には、王女さまの勉強室しかないのですから、2年5組などというのは、ナンセンスです。これからこの勉強室は2年1組ということにします。」

 けれども王女さまは、そんなことばに耳を貸そうとしません。

「いいのっ。わたしは5という数字が好きなんだから、5組でいいのっ。」

 じつは、王女さまが5という数字が好きだというのは、うそで、この広いお城の中で、勉強しなければならないのが自分ひとりだけだということを、ひとに知られたくなかったのです。

 もし、いつかまた、よその国の王女さまや王子さまが久しぶりに遊びに来て、

「あら、このお城では、あなただけがお勉強させられているの。

 わたしの国では、子どもはだれでも、お教室に来て、大勢でお勉強するのよ。

 オホホホホホ、ホ。」

 とか、

「へえ、君の学年はたったひと組しかないのかい。

 ちっちゃな国なんだね、君の王国は。」

 なんて言われたらしゃくにさわるから、それで「2年5組」ということにしたいのです。

 

「さあさ、きょうもお元気に、お勉強いたしましょう。」

 と、算数大先生が、王女さまの勉強室に入ってきました。

 王女さまは、うんざりした顔をして見せました。

「王女さま、お顔色がすぐれません。さては、夜ふかしをなさいましたな。」

「そうでもないわ。わたし、ただ、ぶすっとしているだけなの。できることなら、あなたを死刑にしてしまいたいぐらいよ。」

 ところが先生は、少しもひるみません。

「王女さまというものは、人を死刑にすることよりも、ほかに、しなければならないことが、海ほども、山ほどもあるのです。」

「知ってるわ、そんなこと。

 法律を作る。

 大臣を選ぶ。

 くんしょうをさずける。

 ばつを与える。」

「残念でした。昔はそうでしたが、今は、そういうことはすべて国民が決めます。」

「では、わたしは何をすればいいの。」

「お勉強です。

 一にも、お勉強。

 二にも、お勉強。

 三にも、お勉強。

 3かける12は、いくつだ。」

「36。」

 算数大先生がぱっと問題を出すと、王女さまもつられて、ぱっと答えました。

「当たり。

 チュウ、チュウ、タコカイナ、でいくつだ。」

「10。」

 算数大先生がまた、ぱっと問題を出すと、王女さまもまたつられて、ぱっと答えました。

 ところが、

「はずれ。チュウチュウや、タコカイナなどで数が、数えられるわけがありません。ですから、あんなやり方で数を数えようなどとなさっては、なりません。」

 これには、王女さまも、むっとしました。

「先生、あなたは、この国の王女のわたしに、そんなことを教えにきたのですか。」

「とんでもありません。

 きょうは、王女さまに、とっておきのむずかしい計算のお勉強をしていただくために、まいりました。

 では、さっそく、お勉強にとりかかりましょう。」

 算数大先生は、「教科書の27ページをお開きください」と言いました。

 王女さまが、いやいや教科書の27ページを開くと、そこには、こんな問題がのっていました。

 

〔問題〕

 やす子さんとさちお君が、鉛筆を、一人23本ずつけずりました。ふたりがけずった鉛筆は、全部で何本だったでしょうか。

 

 問題を読み終わると、王女さまは、大きくあくびをしました。

 算数大先生は、むっとして、注意しました。

「授業中にあくびとは、何事です。王女さまはやはり、ゆうべ夜ふかしをなさいましたな。」

 すると、王女さまは口答えしました。

「夜ふかしなんか、してないわ。今、突然に眠くなったのよ。こんなたいくつな問題を見たとたんに、わたしの口が、大きく開いてしまったの。

 だって、そうでしょ、先生。どうして一人が23本も鉛筆をけずらなければならないのですか。2本か3本けずれば十分だと思うわ。それに、やす子さんやさちお君だなんて、わざとらしい。名前なんかどうだっていいのに、ほんとうらしく見せかけるために、てきとうな名前をつけたんでしょう。

 どうせつけるなら、『二人の鉛筆けずり狂が』のほうがずっと面白いと思うわ。

 ねえ、先生、この問題、こんなふうに考えて計算してもいいかしら。

 

『あるところに、二人の鉛筆けずり狂がいました。二人は鉛筆けずり競争をしました。ようい、どん。

 10本目をけずりました。あ、20本目をけずりました。ああ、すごい!

 そして最後に、23本目をけずったところで、カーン。かねがなりました。さあて、お立会い。二人の鉛筆けずり狂がけずった鉛筆の数は、合わせて何本だったでしょうか。』

 

 いかが、先生。」

 王女さまは、調子にのって言いました。

「私の耳にはとてもばからしく聞こえますけれども、そのほうがお気にめすのなら、ご自分の頭の中でそのように考えてご計算いただいても、それは、王女さまのご自由です。」

 算数大先生は、あきらめ顔で言いました。

「きゃっ、すてき。だから、先生、大好き。おゆるしいただいて、ありがとう。

 ええと、答えは、23たす23は、

 ええと、ににんが、よんと、

 さざんが、むっつで、

 あらぁー。

 46かしら。

 それとも、64かしら、

 とにかく、答えは、そのどっちかだわ。」

 このようすを、じっとがまんして見ていた算数大先生は、そっと教科書を閉じました。そして、王女さまの肩に手を置いて言いかけました。

「王女さま、あなたさまは・・・」

 すると王女さまは、てのひらで先生の口をおさえて言いました。

「ああ、言っちゃだめ、言っちゃだめ。その先は、わたしにはわかっています。『王女さま、あなたさまは、これでもう10分もむだになさいました。』そうおっしゃりたいのでしょう。でも、これはわたしの性分だから、しかたがないのよ。

 式と答えをさっと言えばいい、と先生はお考えでしょう。でも、それでは、何から何までいやなお勉強を、楽しいお話もせずに、ただむりやりさせられていることになります。

 けれども、先生はそれをお望みのようね。

 ああ、そう。いいわ。わたしにだって先生を喜ばせることぐらいできる、という証拠に、答えをさっと言ってあげましょう。

 ばかな二人が、一人23本ずつけずった鉛筆の数は、足し算なら、23+23=46。掛け算なら、23×2=46。つまり、答えは46本。

 これでいかが、先生。」

「さすが、王女さま。この国一番の王女さまでおいででございます。」

 算数大先生は、大いに満足して言いました。

「そりゃあ、そうでしょう。だって、この国に王女は、わたしひとりしかいないんだもの。ばかにしてるわ。」

「え? 何でございますか。」

「ああ、何でもない、何でもない。さあ、次の問題をお出しなさい。」

 王女さまは、いばって命令しました。

 ところが、算数大先生は、意外なことを言いました。

 「いいえ、王女さま。きょうは、たいへんごりっぱなおできでございました。ごほうびに、きょうのお勉強はこれでおしまい、ということにいたしましょう。」

 算数大先生は、にっこり笑って言いました。

「えっ? わたし、何か聞きまちがいでもしたような気がするわ、きょうのお勉強はこれでおしまいだなんて。」

 王女さまがおどろいて言いました。

「いいえ、王女さま、決してお聞きちがいなどではございません。私は確かに申し上げました。よくおできになりましたから、きょうの王女さまのお勉強は、これまでといたしましょう、と。」

 それを聞いて王女さまがきゃっと飛び上がって喜ぶかと思ったら、その反対でした。

「それはなりません、先生。たった一問でほめられたり、おしまいにされたりしたら、わたしの面目は丸つぶれだわ。よその国の王子さまや王女さまたちが知ったら、きっとわたしのことを笑うにちがいない。

 べつに長く勉強していたいわけではないけれど、わたしの見栄のために、もう少しお授業をお続けなさい。

 これは、この国の王女であるわたしの命令です。」

 算数大先生はしかたなく、もう一問出すことにしました。

「では、ご勉強熱心な王女さま、教科書の29ページをお開きください。」

 王女さまが教科書の29ページを開いてみると、そこにはこんな問題がのっていました。

 

〔問題〕

 おはじきが18こあります。これを、ゆう子さんと、みや子さんと、さなえさんの3人で、同じ数ずつ分けることにしました。ひとり何こずつ分けることになるでしょうか。

 

 問題を読んだとたんに、王女さまはあくびしそうになりましたが、がまんしました。そのかわりに、何かくだらない質問をしてみることにしました。

「先生、おはじきというのは何ですか」

「えっ、おはじきをごぞんじないのですか。

 ああ、お遊び相手もないために、おはじきさえも、ごぞんじないとは、何とおいたわしい。」

 算数大先生は、涙をはらはらとこぼしました。

「あら、おはじきを知らなければ、おいたわしいの? そんなに大切なおはじきって、いったい何なのですか。」

「おはじきとは、ガラスでできた、小さな丸いもので、指ではじいて遊ぶ、一種のおもちゃです。女の子なら、だれでも知っているものでございます。」

「では、おはじきを知らないわたしは、女の子ではないと、と言うのですね。」

 王女さまのなんくせづけがまた始まりました。そして、算数大先生が困っているようすを見て、王女さまは、またまた、ちょっと調子のってきました。

「先生、わたしはおはじきなんて知らないから、ダイヤモンドのイヤリングということにして計算してもいいですか。」

 算数大先生は、王女さまのわるのりがまた始まったな、とは思いましたが、おはじきがダイヤモンドのイヤリングにかわったからといって、べつに困ることでもなさそうなので、うっかり、ゆるすことにしました。

「おゆるしくださって、ありがとう。では、こんな問題はいかがかしら。

 

『ダイヤモンドのイヤリングが18こあります。』

 

 という問題にしようと思ったけれど、イヤリングなんかじゃつまらないから、ネズミのしっぽ、ということにするわ。

 

『ネズミのしっぽが18本あります。3人の魔女が、これを仲良く分けて、犬のひづめや、馬の鼻毛や、ミミズの目玉の干物と混ぜて、せんじぐすりを作ろうと思います。ネズミのしっぽを、ひとり何本ずつ分けることになるでしょうか。』

 

 という問題のほうが、よっぽど面白いと思うわ。ね、そうでしょ、先生。」

 

 算数大先生は、話の途中からいやーな気分になりましたが、それでも算数の問題にならなくもないので、王女さまの言いなりになることにしました。

「なかなか、けっこうな問題でございます、王女さま。それでは、式と答えをお願いいたしましょう。」

「あら、それはできないわ。わたしは問題の出題者です。出題者が答えたのでは、勉強にはなりませんから、先生、あなたがお答えなさい。」

 王女さまは、いばって言いました。

「さあ、それは・・・。」

 算数大先生は、それでは王女さまのお勉強にはなりませんから、と言おうとしましたが、そんなことを言えば、またどんなめんどうな言い返しをされるか分からない、と思っているうちに、ことばにつまってしまいました。

「・・・・・。」

「先生、お答えがわからないのですか。」

「分からないというわけではございませんが、これは、王女さまのお勉強でございますから、私がお答えを申し上げるわけには、まいりません。」

 算数大先生は、口ごもりがちに言いました。

「まあ、何ですって。わたしに反対なさろうというのですね。先生、わたしに反対すれば、どんなことになるか、ごぞんじないのですか。」

 王女さまは、いすから立ち上がって言いました。

 

      ― ああ、何となさけない。これが、王女というものの、あるべき姿で

あろうか ―

 

 算数大先生は、心のうちでそう思って、ただぼうぜんと、王女さまの顔を見つめるばかりでした。

 それでも仕方がないので、何か答えになりそうなことを言うことにしました。

「おそれいりました、王女さま。

 王女さまがお考えになりました魔女のせんじぐすりの問題は、むずかしすぎて、とても式など立てることもできませんが、そのお答えは、もしかしたら、58ででも、ございましょうか。」

「ブッ、ブー。

 ざんねんでした。正解は、ひとり6本ずつです。

 先生、あなたの答えはまちがっていましたから、お気のどくですけれど、廊下に立っていらっしゃい、と言いたいところだけれど、それは許してあげましょう。その代わり、きょうのお授業はこれでおしまいにしましょう。

 起立、気をつけ、礼。」

 先生、みなさん、さようなら。」

 王女さまは、大はしゃぎで、机の上を片付けました。

 算数大先生も、机の上を片付けました。

「王女さま、きょうは、算数の大先生の私でさもかぶとをぬぐような、むずかしい問題をよくお考えになりました。

 すばらしいご勉強のごようすを、そうり大臣さまに、よくお伝えしておきましょう。

 では、またあす、お目にかかりますまで、ごきげんよう。」

「先生も、ごきげんよう。」

 王女さまのきげんがよくなったのを、せめてものなぐさみに、算数大先生は、重い足取りで、自分の研究室へとさがって行くのでした。

 算数大先生は、道々、頭の中で考えました。

「ああ、あすは、王女さまに、いったい何をお教えしたら、よかろうか・・・。」

 

第一章終わり

<来週の金曜日には、第二章をお届けします>

プロローグ  ③

 

 

 実は、この相談を、会議場の入り口のドアの外に立って、王女さまがぬすみ聞きしてしまいました。

「まっ、なんてにくらしいんでしょう。わたしには、つきあってくれる相手なんて、大人でも、子どもでも、いりませんからね。」

 王女さまは、ひとりごとを言いました。

 が、すぐに、

「でも・・・」と思いました。

「どうせわたしの相手をしてくれるなら、なわとびができる大人がいいわ。」

 けれども、王女さまはすぐに、思いなおしました。

「だめ、だめ。とんでもないわ。毎日なわとびさせられたら、たいへんなこと。あまり動かなくてもすむように、読書の相手というのがいいわ。」

 けれども、王女さまはすぐに、これもとんでもない、と思いました。

「読書だなんて、わたしが考えることじゃないわ。読書なんかするぐらいなら、庭いじりのほうが、ずっとまし。」

 でも、王女さまはすぐに、これも、とんでもない、と思いました。

「手もよごれるし、日にも焼けてしまうわ。日焼けした王女さまだなんて、聞いたこともない。」

 ああ、早く何か思いつかないと、あの大臣たちの考えることだから、王女さまのお勉強のお相手をするのが好きな、えらい大先生をたのんでまいりました、なんてことになってしまうかもしれない、と思うと、気持ちがあせってきました。

 そのとき、会議場の入り口のドアがパッと開いて、大臣たちが出てきました。

「おや、王女さま、どちらへ。」

 そうり大臣がたずねました。

「どちらへって・・・わたしはただ、おさんぽよ。おさんぽのほかに、こんなところに用があるわけが、ないじゃないの。」

 すると、そうり大臣は、目頭を押さえて言いました。

「おいたわしや、王女さま。お友だちもなく、こんなところをおさんぽとは。さぞ、おさびしいことでございましょう。

 でも、およろこびください。そのさびしさも、きょうまでのことでございます。あすからは、王女さまに、お相手ができます。」

 これを聞いて、王女さまは、思わず言いました。

「お相手というのは、まさか・・・。」

「はい、そのまさか、でございます」

 そうり大臣は、心の底からうれしそうな笑顔で、言いました。

「王女さまが、よその国の王女さまや王子さまがたに、じゃまされずにお勉強なさっていただけるように、とてもがまん強いお勉強相手がみつかりました。この国いちばんの、すばらしい算数大先生、というお方でございます。

 これから王女さまは、もう、お一人でお勉強なさらなくてもよいことになったのでございます。」

 そうり大臣のうれしそうな顔を見て、王女さまの口から、思わず、驚きのことばが飛び出してしまいました。

「あなた、いったい、なんということを・・・。」

「いやいや、何というほどのことでも、ございません。なにしろ、お手柄は、この私めではなく、教育大臣どのなのでございますから。教育大臣どののおかげで、王女さまのために、すばらしい解決方法が見つかったのでございます。」

 そうり大臣は、言いながら、教育大臣を前に押し出しました。教育大臣は、王女さまに向かって、うやうやしく、おじぎをしました。

「まっ、この人。教育大臣なんぞでなくて、わたしにめんどうなことをさせる、めいわく大臣だわ。」

 と、王女さまは、心の中で思いました。

 それには気がつかず、そうり大臣が言いました。

「王女さま、教育大臣どのに、おほめのおことばを。」

 王女さまは、ちょっと考えてから、言いました。

「教育大臣、ありがとう。

 あなたは、

 きょうも、きのうも

 つも

 すりに

 だいだいみかん

 じんぐる、ぐるべる

 じゃんけんぽん

 なくて、ななくせ

 じろに、うぐいす

 もの葉っぱは

 たしが

 ろうをかけて

 大臣ね。

 そうり大臣が、ふしん顔でたずねました。

「王女さま、なにやら不思議な、じゅもんのようなおことばでございましたが、教育大臣どのに、いったい、何とおっしゃったのでございますか。」

「ああ、何でもない、何でもない。ただ、わたしが苦労をかけて、ごめんなさい、と言ったのよ。」

「ははあ・・・あのおことばで、そんな意味になるのでございますか・・・わたしには、なんだか、そんなふうには、とても聞こえなかったので、ございますが・・・。」

 このようすを見ていたほかの大臣たちは、みんな思いました。

「ああ、やっぱり王女さまに必要なのは、ほかの子どもたちとのつきあいなんぞではなくて、お勉強のほうが先だ。王女さまのお勉強のお相手に、すばらしい大先生を思いついたとは、さすが教育大臣どのだ。これからは、たとえ学校がなくても、何ごとも、きっとうまく進むにちがいない。」

 

 お城の中に、大急ぎで、りっぱな教室が作られました。けれども、ここは学校ではないので、教室の入り口には、「王女さまの勉強室」と書いた看板がかけられました。

 教育大臣は、知り合いの算数大先生をたずねました。

「算数大先生、お城のわがまま王女さまの勉強相手になってください。あなたなら、王女さまのわがままにも、めげずに教えることができるでしょうから。」

 そして教育大臣は、こうつけくわえました。

「いかにしんぼう強い算数大先生でも、来る日も来る日も王女さまのお相手では、気がめいることでしょう。ときには別の先生の応援もお願いして、算数大先生にお休みを取っていただくことができるようにいたしますから、どうか、がんばってください」

 こうして、王女さまは、「王女さまの勉強室」で、だれにもじゃまされずに、先生だけを相手に、静かに勉強できるようになったのです。

 

 そしてきょうは、「いや、いや、私はまだまだ大丈夫です。お休みなど、取らなくてけっこうです」と言う算数大先生に、無理にすすめて、休みをとってもらうことにし、教育大臣がその代わりの授業をしているのでした。

 

プロローグ終わり

 

 

プロローグのふろく ― この物語の漢字の使い方 ―

 

「はい!」

 この教室には生徒がたったひとりしかいないのに、わがまま王女さまは、いつも、こうして手を挙げます。

「王女さま、いつも申し上げますように、ここには・・・。」

 教育大臣がしぶい顔つきで言いかけました。

「いいの、いいの、わたしはわかってるの。

 あなたは、『王女さま、ここには、王女さまおひとりしかおいでになりませんから、そんなに、いちいちお手を挙げて発言をお求めにならなくてもけっこうでございます』と言おうとしているのでしょう。

 わたしがわがままだからひとりで勉強することになった、とよくわかっているわ。でも、大勢の中で勉強していると思ったほうが楽しいじゃないの。だから、わたし、いちいち『はい!』と言うの。

 それはともかく、わたし、この物語を書いている作者にたずねたいことがあります。だから、作者を連れてきてちょうだい。」

 王女さまがそう言うと、教育大臣は困ってしまいました。

「それは、王女さま、むりでございます。」

「どうして。」

「どうしてと言われましても・・・。」

「なぜなの。」

「物語の作者というものは、ふつう、姿を見せないのです。」

「どうして見せないの。」

「どうして、とおっしゃいましても、そういうものなのでございます。」

「あら、姿を見せたら、わたしががっかりするかもしれないからなの。」

「うーん、ふつう、子どもはそんなふうには考えないのでございます。作者がどこかにいるということは、わかっていても、問題には、しないのです。」

 教育大臣は、このわがまま王女さまが相手では、この話はいつまでも続いて切りがなくなる、と思いましたから、こう答えました。

「けっこうでございます。それなら王女さま、私めが、作者にかわってご質問をお受けいたしましょう。」

「それでもいいわ。こういうことはきっとあなたが決めたのでしょうから、作者ではなくて、教育大臣のあなたにたずねましょう。」

 王女さまが案外簡単になっとくしたので、教育大臣は、胸をなでおろしました。

 

「では、作者の身代わりだけれども、本当はあなたが決めているのかもしれない問題について、教育大臣、あなたにおたずねしましょう。

 わたし、この物語を初めからずっと読んでいて、おかしいと思うことがあります。それは、漢字の使い方です。」

 教育大臣は、「はて、王女さまはみょうなことをおっしゃる」と思いましたが、とにかく王女さまの言い分を聞いてみようと思いました。

「さようでございますか。どのようにおかしい、とお思いでしょうか。」

「それはね、漢字の使い方が、でたらめだと思うの。」

「えっ、王女さま、なんということを!」

「ほらほら、その『なん』ということばよ。あるときは『何』と書き、あるときは『なん』と書く、というふうに、よく考えが決まらないみたいね。」

 教育大臣は、「ああ、なんだ、そんなことか」と、ほっと息をつきました。

「そのことにつきましては、私めが、作者に代わってお答え申し上げましょう。

 漢字の使い方というのは、私めがひとりで決めてよいことではございませんから、あるとき、全国の国語学者の方々に集まっていただいて、国民のみんなが同じ考え方で漢字を使うように、ルールづくりをしていただきました。

 はじめのうちは、『これは規則だ。国民はこれから全員、この規則にしたがって漢字を使わなければならない』という言い方を、私どもは、しておりました。けれども、それはだんだん無理だ、ということがわかってまいりました。」

「それは、当たり前よ。そんなふうにいばったからだめだったのよ。」

「いばったわけではございません。みんなが、それぞれ、自分の考え方で漢字を使っていると、だんだん、国じゅうで、ほかの人の書いたものが読めなくなってしまいます。これを防ぐためには、やはり、そこに約束が必要です。国民みんなで集まって約束を決めることはできませんから、日ごろから国語のことを研究している人々に、約束ごとを文にして書き表わしてもらったのでございます。」

「そういうことなら、その約束ごとに賛成しない人もいるわね、きっと。だって、自分の考えを聞いてもらえなかった人が大勢いるわけなんだから。」

「さようでございます。それで、『漢字は、日本では、こんなふうに使われるのが普通です。みなさん、これを参考にしてください』という言い方に変えました。」

「それじゃあ、お城じゅうのお役人たちがみんな、ほっとしたでしょう。」

「お役人は、そういうわけにはまいりません。」

「あら、どうしてなの」

「それは、お城の役所で作りますいろいろな文書が、いろいろな書き方で書いてありましては、国民みんなが迷惑するからです。ですから、王女さまにも、漢字をしっかりとお勉強していただかなくてはなりません。」

「文書を書くのは、私の仕事じゃないわ。わたしはただ、『これを命じる。よく読んでおくように』と言えばいいだけよ。」

「なんということを、王女さま・・・。」

「ああ、残りは言わなくてもいい。わたしには、その後を聞かなくてもわかっているから、こうして仕方なく勉強しているのよ。とにかく、わたしがなぜ漢字の使い方がでたらめだと思っているか、そのわけを言ってあげましょう。」

「ぜひ、そうなさってくださいませ。」

 教育大臣は、ほっとして言いました。

 

「それでは、よくお聞きなさい。たとえば『なに』ということばを、あるときは漢字で書き、あるときはひらがなで書き、となっているのは、なぜなのですか。」

「それは、『なに』ということばが、いつでも、『これは何ですか』の『何』と同じ意味だとはかぎらないからでございます。」

「えっ、『何』が『何』だとはかぎらないからですって。おかしいわ、そんなこと。」

 王女さまは、驚いて言いました。

 

 何が何でも、何だか寒い。

 何から何まで、何もない。

 何も知らない、何もほしくない、何でもいい。

 何と言っても、何じゃらほい。

 何年、何月、何日、何時。

 何回、何度、何時間。

 何メートルに何センチ、何パーセントに摂氏何度。

 何が何だか、何げなく。

 何もなくても、何でもお食べ。

 何よ、あんた、なまいきよ。

 何しろ、何とか、何ですって、何ということを

 何ておもしろい、何だつまらない、何としょう」

 

 ああ、ついに、王女さまの脱線が始まりました。

 

 ― だが待てよ・・・ ―

 と、教育大臣は、思い直しました。

 ― 王女さまは、ただ悪ふざけをなさっているのではなくて、ことば集めをなさっているのだ。それに気づかなかった私は、まだまだ勉強が足りない ―

 そう気がついて教育大臣は、王女さまにあやまりました。

「王女さま、申しわけ・・・。」

「あら、いいのよ、いいのよ。申しわけございませんが、もう、お時間でございます、と言うのでしょう。わたしが許します。もう少し、お授業をお続けなさい。そのかわり、あしたは2時間、おそく始めればいいんだから。」

「ああ、何ということだ・・・。」

「え、何ですって。」

「何でもございません、王女さま。その『何』という漢字について、王女さまは、何とお考えでいらっしゃいましょうか。」

 そこで王女さまは、ちょっと考えて言いました。

「漢字にくわしい教育大臣にたずねます。『何』という字は、何のためにそんなことをするのか、とんとわからないとか、きょうのお昼ごはんは何かしらとか、きょうは何年、何月、何日、何曜日かしらのように、だれかが答えを探していることを言うときに使う字かしら。」

「おお、何と。我が国の王女さまは、よくごぞんじで。」

「あら、それでよかったのね。それでは、教育大臣、あなたは、廊下に出て立っていなさい」

 王女さまは、言いました。

「えっ、私がでございますか。それはまた、なぜでございましょう。」

 教育大臣は驚いて、たずねました。すると、王女さまは、こう言うのです。

「だって、『おお、何と。我が国の王女さまは、よくごぞんじで』と言ったじゃない。『何』という漢字は、『これは何かしら』、『これは何という名前のもの』とたずねるときに使うはずなのよ。それなのに、教育大臣、あなたは、『おお、なんと』と、ただびっくりしただけなのに、『それは何ですか』の『何』という漢字を使ったじゃない。それ、まちがいだと思うわ。」

「おそれいりましてございます。王女さまのおっしゃるとおりで、ございます。どうか、お許しくださいませ。」

「いいのよ、いいのよ、人はだれでも、道をふみはずすことがあるのだから」

「道をふみはずすだなんて、それほど大きな・・・。」

 教育大臣が言いかけると、王女さまは、「あら」と言って教育大臣の顔を見ました。

「そんなこと、別に大したこどではない、と思うわけね。それなら、お城のお役人たちが、なんでもかんでも、『なん』ということばを使うときには、漢字の『何』を使ってかまわないのね。『何だか寒いと思ったら、お城の窓を全部閉めるように』だとか、『何よ、あんた、などということばづかいをした者は、25たたきの刑にしょする』だとか、『つまらないものを見て、何だつまらない、と言った者は、正直だけれども、考えが浅いから、ばつとしてこれからずっと王女さまの勉強相手をさせることにする』と書けばいいわけね。」

 王女さまのことばを聞いて、教育大臣は「うーん」とうなりました。

「ただいま王女さまがおっしゃった『何』ということばの全部が、ほんとうに『何』という漢字と関係がないかというと、これは少し、むずかしい問題です。ああ、困りました。」

 文部大臣は、頭をかかえて、考え込んでしまいました。

 

「それに、わたしには、がまんならないことが、一つあります。」

「ええっ。王女さまが、がまんならないとおっしゃることは、いったい、何でございましょう。」

「このお話の作者は、王女のわたしが『私』と言う時には、ひらがなで『わたし』と書き、教育大臣のあなたが『私』と言うときには、いつも漢字を使っています。きっと、わたしが、子どもだからばかにしてひらがなで『わたし』って書いてるんだと思うわ。八つ裂きにしてやりましょう。」

「いえ、いえ、このお話の作者の考えは、そうではないと思いますよ、王女さま。おそらく、王女さまが、お若くて、おかわいらしくていらっしゃるので、それで漢字よりひらがなのほうがふさわしい、と考えたのでございましょう。」

「おほ、ほ、ほ、ほ、ほ。わたしがお若くておかわいい、だなんて。それならいいわ。これからずっと、わたしのことを書くときは、『わたし』と、ひらがなで書くことを許します、と書いた命令書を出しましょう。」

 王女さまは、喜んで言いました。

「それがよろしゅうございましょう。」

 教育大臣も、賛成して言いました。

 

「でも、待って。その命令書に「わたしは許します」と書くときの「わたし」は、命令書だから漢字で書くのかしら、それとも、わたしはやっぱり子どもだから、『わたしは許します』とひらがなで書くのかしら。

 いいえ、ひらがなで書いたら、なんだ、こんなもの、子どもが書いた命令書だ、と思われるにちがいない。

 わたしは、『わたし』のことを、ぜったいに漢字で『私』と書きます。

 でも、すると、『わたしは、これから眠ります』の『わたし』は、どっちで書くのがいいのかしら・・・。

 ああ、もう、ややこしい。

 きょうのお授業は、終わりです。

 カラン、カラン、カラン。

 でも、なぜ、『カラン、カラン、カラン』をカタカナで書いたのかしら。

 もう、わカラン!」

 

                                                おしまい

 

来週から いよいよ 物語がはじまります。

 

プロローグ  ②

教育大臣は、教科書や、マーカーや、ホワイトボード消しをまとめて、手に持って、勉強室から出ていこうとしました。

「お待ちなさい。まだ鐘も鳴っていないうちに、わたしの勉強室から出ていってしまおうというのは、いったい、どういう考えです。もどりなさい。もどって、三つ目に困ることを言いなさい」

 王女さまのことばを聞いて、教育大臣は、「ああ、これはもう、のがれられない」と思いました。あきらめて机にもどると、言いました。

「王女さま、それでは、三つ目の問題点を申し上げさせていただきましょう」

「いいわよ。わたしが許します。お言いなさい。三つ目に困ることを。でも、『王女さま、四つ目もございました』は、だめよ。三つでやめることができるなら、これが最後で最後の三つ目を、お言いなさい」

「かしこまりました、王女さま」

 教育大臣は、ここで、姿勢を正して言いました。

「王女さま、三つ目に困ることは、王女さまが、意欲的に、あれもなさりたい、これもなさりたいとおっしゃることは、どれもこれも、学校に通っている生徒がすることばかりでございます」

「あら、学校はだめだわ。わたしは、勉強ぐらい、いくらでもしてあげるけれど、学校には行かないのよ。学校があるばっかりに、朝早く起きなければならない。朝早く起きるためには、前の晩に、その日、一日楽しかったことを全部あきらめて寝なければならない。眠ってしまうと、その日、一日楽しかったことを全部忘れて、忘れたまま学校に行かなければならない。そうすると、前の日にもうやってしまったことでも、また初めからやり直し。そんな毎日がわたしには耐えられないの。

 だから、学校はだめよ」

 王女さまに言われて、教育大臣は、つい去年のできごとを、アロエの汁を口に入れたときのような、苦い気持ちで思い起こしました。

「すべては、わがままで、身勝手な王女さまのお性格から起こったことだった。けれども、それは、王女さまのお遊び相手の、おとなりの国の王女さま、そしてまた別のおとなりの国の王子さまが、えんりょもなく、王女さまに向かってあんなことをおっしゃったのが、よくなかったのだ」

 教育大臣が思い起こしたできごとというのは、こんなことでした。

 

 お城の中の学校に、去年、となりの国の王女さまが遊びにきました。となりの国の王女さまは、この国の王女さまにまけないぐらい、わがままな王女さまでした。ですから、もちろん、この国の王女さまと、となりの国の王女さまは、勉強中でも、休み時間中でも、けんかばかりしていました。

 けんかの中で、となりの国の王女さまが、言いました。

「あなたって、わがままね。まるでおしばいで見た『森は生きている』の王女さまそっくりだわ」

 もちろん、この国の王女さまも、まけずに言いました。

「なによ。あっちがわたしに似ているだけだわ。それに、あなただって、わがままよ。いつもわたしのお城に遊びにきてばっかりいるくせに」

「なによ、もう、あなたなんかと遊んであげないから」

 それからというもの、となりの国の王女さまは、遊びに来なくなりました。

 でも、じきに、別のとなりの国の王子さまが遊びに来るようになりました。

 ところがこの王子さまも、やはり、言いました。

「君って、ずいぶんわがままなんだね。去年ぼくのお城にやってきた影絵しばいで見た『十二月物語』の中のわがまま王女さまにそっくりだよ」

 王女さまは、とたんにきげんがわるくなって、言いました。

「なにさ、ここは、わたしのお城よ。わたしの気に入らないことをいう子なんて、きらい。帰ってちょうだい。

 これからは、もう、遊びに来させないから」

「なんだい。君って、やっぱり、見たとおりのわがままだ」

 こうして、せっかく最後にできた友だちも、遊びに来なくなってしまいました。 

 王女さまは、すっかりはらをたててしまいました。

「なによ、もう、学校なんか、きらい。勉強ならいくらでもするし、もみじがりにも、いもほりにも行くけれど、学校はもうだめ。この国に、学校は禁じます」

 王女さまは、国中におふれを出して、学校というものをなくしてしまいました。

「さて、どうしたものだろう」

 そうり大臣は、考えこんでしまいました。

「どうしたものでしょうなあ」

 教育大臣も、考えこんでしまいました。

「なんとか、たいさくを考えなくちゃ」

 王女さまの親がわりの、こうせい大臣も、頭をかかえて、考えこみました。

「王女さまに、たくさん、おこづかいをさし上げて、物の価値ということを、しっかり勉強していただいては、どんなものでしょうか」

 大くら大臣が言いました。

「額に汗して働いてみる、ということをしていただいては、いかがでしょう」

 と言ったのは、労働大臣でした。

「あの方は、心がまずしいのです。国中の美しいものを見に、旅に出ていただいてはいかがでしょう」

 文化大臣が言いました。

「あの方の心がまずしいという、文化大臣のご意見に、私は賛成です。しかし・・・」

 と、国民の心の問題と体の問題を考える、保健大臣が言いました。

「あの方のお心は、美しいものを見るよりも、やはり、人とえんりょな

くつきあうことを、求めているようです」

「いや・・・」

と、保健大臣のことばを聞いて、別の大臣が言いました。

「人とつきあうと言っても、王女さまはすぐにけんか別れをなさって、あれでは、人とつきあうことなど、できないではありませんか」

 すると、保健大臣は、こう言うのでした。

「たしかに、すぐにけんか別れをなさいます。けれども、それは、王女さまの相手が、王女さまにまけないぐらいわがままな子どもだからです。しばらくの間、大人がお相手をすることにしては、いかがでしょう」

「でも、王女さまは、我々を、きらっておられるではありませんか」

 と、別の大臣が言いました。

「たしかにそうです。しかし・・・」

 と、保健大臣は、ことばを続けました。

「我々は、王女さまがお生まれになったときからずっと、王女さまのしつけのことばかり考えて、いっしょうけんめいでした。ですから、今から、えんりょなくつきあってください、とお願いしても、それは、むりなことです。

 そこで、我々ではない、だれか別の大人にその役を引き受けてもらうのが、よかろうと思います」

 保健大臣のことばに、みんなは、「それがよかろう」と、賛成しました。

「だが、あの王女さまのお相手がつとまる大人が、この国のどこかに見つかるだろうか。せっかく解決法が見つかったが、そんな大人を見つけるのは、これは、容易なことではない」

 そうり大臣は、頭を抱えこみました。

「それなら、私に、心当たりがあります。私におまかせください」

 そう言ったのは、教育大臣でした。

つづく

プロローグ  ①

 

 むかし、むかし、ある国のあるお城に、わがまま王女さまが住んでいました。

 

 「いくらわたしがわがままでも、子どもがしなければならないことは、わたし、なんでもします。おひるねもするし、おしゃべりもする。おべんとうも食べるし、もし、給食があるなら、給食も食べたい。

 遠足にも行くし、秋のいもほりにも、どんぐりひろいにも、きのこがりにも、それからもみじがりにも行く。行って、だれよりもいちばんたくさん取ってくる。

 水泳大会があれば、これにも出て、一等賞を取りたい。

 カルタ会があるなら、わたしがいちばんたくさん取るの。

 それからそれへと、わたしの夢は、もう広がるばっかり」

 

 王女さまのことばを聞いて、教育大臣は、困ってしまいました。

「王女さま、すばらしいお心がまえでございます。王女さまのおことばをうかがって、教育大臣のわたしはもう、うれしくて、なみだがこぼれるほどではございますが、ここに一つ、いや、二つ、いいえ、じつは、三つ、困ることがございます」

「なんですって。わたしが、子どもがしなければならないことは、なんでもしようと言っているのに、困ることが三つもある、というのはどういうことです。わたしにわかるように、説明なさい」

 王女さまは、とつぜんきげんが悪くなって、きびしい声で教育大臣に向かって言いました。

「三つとも、一度に全部申し上げてよいのでしょうか」

「けっこうよ。わたしが許します。三つとも、言いなさい」

「それでは、困ることを三つ、順番に申し上げましょう。

 まず、一つ目は、秋のもみじがりは、ただ秋のもみじをながめて、その美しさをめでるだけでございますから、王女さまが手に持っておもどりになることができるものは、何もないのでございます」

「なんだ、そんなことを心配したの。手に持ってもどることができなければ、ふくろに入れて持ってくるから、だいじょうぶ。二つ目に困ることは何なの」

 王女さまは、うれしそうに言いました。

 

― ああ、なんということだ。これで、私に教育大臣がいつまでも、つとまるのだろうか ― 

 

 教育大臣は、心の中が、ずっしりと重くなるのを感じましたが、元気を出して、二つ目に困ることを言いました。

「二つ目に困ることは・・・

 と言いかけて、教育大臣は、ふと、口をつぐみました。

「どうしたのです。二つ目に困ることは、何なの。早くお言いなさい」

 王女さまは、教育大臣が、何かを言いかけてだまったので、きげんが悪くなりました。

「いえ、王女さま、これはもしかしたら、困ることではなくて、教育大臣の私には、うれしいことかもしれません」

「あら、そうなの。困ることなのに、困らないかもしれないことって、何かしら。困るか、困らないか、わからないのなら、ただ『二つ目の点』と言えばいいのよ。さあ、おっしゃい、二つ目の点を」

 

 王女さまにうながされて、教育大臣は言いました。

「二つ目の点は、王女さまがおっしゃったことは、『子どもがしなければならないこと』ではなくて、どれもこれも、王女さまが、ご自分の手に入れたいとお思いのことばかりでございます。

 考えようによっては、とてもわがままなことではございますが、それだけ王女さまには、たくさんの望みがおありだということで、めでたいことでございます」

「そういうことを、意欲的というのよね。それなら、あなたがめでたいと思っても、むりはないわ。

 それでは、三つ目の点は、何なの」

 と、王女さまは、たずねました。

 

 今度こそ、教育大臣は、困ってしまいました。

「三つ目は・・・

 言いかけて、教育大臣は、また口ごもりました。

「さあ、三つ目は何なの。早く言わないと、あなた、百たたきの刑よ」

 王女さまのことばを聞いて、教育大臣は、ああ、どうしても三つ目の問題点を、言わなければならないのだろうか、と頭をかかえこんでしまいました。

「わが国の王女さまは、心の底から努力ということを、きらっておられる。あらゆる努力の中でも、特に勉強の『べ』の字がおきらいで、国語の勉強、算数の勉強、社会科の勉強、理科の勉強、保健体育、音楽、美術、学校劇・・・そのほか何でも、みんな、おきらいだ。

 それなのに、この大事な三つ目の問題を、王女さまにお話ししなければならないのか・・・」

 教育大臣は、なんだか、どっと疲れが出てしまいました。

「王女さま、私め教育大臣は、王女さまがたいへん意欲的でいらっしゃることが、ようくわかり、私めの考えております三つ目の問題点など、頭の中から吹き飛んでしまいました。ですから、きょうのお勉強はこれまでといたしましょう。

 起立。気をつけ。礼。

 王女さま、そして、王女さまの勉強室のみなさん、

 さようなら」

つづく