こうして算数大先生がお相手になって、せっかく王女さまの勉強がはじまったのですが、きょうは、突然、算数大先生が病気になってしまいました。からだは元気なのですが、「ああ、また、あの王女さまのお相手をしなければならないのか」と考えると、どっと疲れが出てしまうのです。
これは大変だ、と教育大臣が考えて、一日だけ、国語大先生に代わりに授業をしてもらうことにしました。
「王女さま、きょうは、算数大先生に代わって、わたくし、国語大先生がお授業に参りました。」
初めて出会う国語大先生の顔を見て、わがまま王女さまは、「ふふふ。この先生をどうやってからかってあげようかしら」と心の中で思いました。
そんなことに気づかず、国語大先生は、明るい声で言いました。
「さあ、王女さま、きょうもお元気に、楽しくお勉強いたしましょう。」
「ええ、いいわよ。」
王女さまも、同じように、明るい声で言いました。
「では、しっかりとお勉強いたしましょう。」
先生は、念を押すように言いました。
「ええ、どうぞ。」
王女さまは、いかにも気軽そうな様子で言いました。
「ええと・・・何からお勉強いたしましょうか。」
先生は、ややどぎまぎした様子で言いました。
「何でもいいわよ。お好きなことなら、何でもどうぞ。」
王女さまは、さあ、どうぞ、という様子を顔に見せながら言いました。
「え? 何でもって、王女さま、これは、あなた様のお勉強なのですから・・・。」
「あら、そうだったの。知らなかったわ。先生が『お勉強しましょう』とおっしゃるから、わたしは、先生がご自分でお勉強なさりたいと思って、『どうぞ』って言ってさしあげたのよ。先生、少し国語のお勉強をなさったほうがいいわ。」
王女さまは、「さあ、これでわたしの勝ちだ」と思いました。
けれども国語大先生は、ぱっと明るい顔になって言いました。
「国語のお勉強 ― それは、名案ですね。さすが王女さま。すぐに名案をお出しくださいました。」
「そうでもないわ。わたしに今から国語なんか教えようとしても無駄よ。漢字ならもう全部知ってるし、ことば遊びならわたしの得意だし、『だれが、いつ、どこで、何した』だって、『遠くで十の狼が』だって、もうとっくに勉強してよく知っているのですから。」
王女さまは、できるだけ迷惑そうな声で言いました。
ところが国語大先生は、むっとも、かっともならずに言いました。
「それは、そうでしょう。国一番の先生が選ばれて、王女さまにさまざまなことをお教えしているのですから、おできにならないことや、まだご存知でないことが残っているわけがございません。きょうは、お勉強ではなく、楽しいお話をいたしましょう。世界の文学のお話を。」
「先生、ブン学はいやだわ。だってわたし、もう、分子のことも、分母のこともよく知っていますから。」
王女さまは、あきらめず、抵抗を続けます。
「文学は、分子や分母に関係ありません。たとえば、アラビアやインドの古い話、アンデルセンの『マッチ売りの少女』やグリム兄弟の『十二羽の白鳥』、イギリスの古い伝説『アーサー王物語』。こういうものを文学と申します。」
先生は、あきらめずに説明を続けます。
「なんだ、そんなことだったの、文学というのは。」
王女さまは、「文学」ということばの意味がわかったようでした。そして、結論を言いました。
「つまり、文学とは、映画やアニメのストーリーのことね。」
さて、そんなむだ話に付き合っていても仕方がないので、国語大先生は、とにかく文学の授業を始めることにしました。
「我が国で文学と言えば、竹取物語こそが、今日で言う『文学』というものの最初だと言われています。」
「あら、ぬすびとの話が我が国の文学の初めだなんて、みじめだわ。」
王女さまは、残念そうに言いました。
「王女さまは、なぜみじめだとお思いなのですか。それに、竹取の翁の物語を、なぜぬすびとの話だとお思いなのですか。」
先生は、不審に思ってたずねました。
「だって、竹取の翁って、竹を取って暮らしたからそんな名が付けられてしまったんでしょう。人の物を取って暮らすなんて、よくないことよ。」
王女さまのことばに、国語大先生は、あきれてしまいましたが、それでも気持ちをおさえて言いました。
「竹取の翁というのは、他人の竹を盗んで暮らしていたという意味ではありません。竹やぶの竹を切って、これで物を作り、里人に売って日々の暮らしを立てていた、という意味でございます。」
「なんだ、そういうことなら、竹取の翁も初めから正直にそうと打ち明けていれば、少しもわたしに疑われることはなかったのに。では、疑いが晴れたので、わたしが許します。先をお続けなさい。」
王女さまは、威張って言いました。
「お許しいただいて、ありがとうございます。
竹取の翁は、ある日、根元の辺りが光っている一本の竹を見つけました。」
「あ、ちょっと待って。その先は、わたし、よく知っているから、わたしに話させて。あ、どうも、お許しありがとう。」
王女さまは、勝手に、先生の話を横取りしてしまいました。
「根元の辺りが光っている竹を見ると、竹取の翁は、裏の竹薮、誰、竹、立てかけた。お梅に、お竹に、お松を呼んで、竹筒、竹籠、竹串、竹箸、竹蜻蛉。竹の花立て、竹の
茶碗に竹の皿。竹の草履に、竹の沓。何でも竹で作りましょ。お竹はお梅に、お梅はお松に、お松は誰かに言い付けて、竹を一本切らせました。おっと待った、ねえちゃん、この竹おれが見つけた竹だ、竹はやるが、中身は置いてけ、おれがもらって行くぜ。
こうして、竹取の翁はかわいいお姫様をおうちに連れて帰り、『媼』と・・・あら、わたし、この漢字知らないわ。先生、読み方と意味を教えてくださいな。」
「『媼』は、『おうな』と読みます。」
「なぜ『追うな』なのですか。」
「『媼』は、追いかけるなどということとは、およそ無縁なことばです。平安時代のことばで、男子の老人は『翁』、女子の老人は『媼』と申したのです。」
「まっ、『女子の老人』だなんて失礼な。先生、あなたは死刑よ。」
王女さまは、椅子から立ち上がって言いました。けれども、国語大先生は落ち着いて応じます。
「私を死刑などになさいましたら、私は地獄の閻魔大王に言いますよ。私が地獄に来たわけは、王女さまがよくご存知ですから、どうか、王女さまを地獄に呼んで、わけをおたずねくださいと。」
「それなら、先生、地獄ではなくて、天国にいらっしゃい。天国なら、いつでもわけを説明しに行ってあげましょう。」
王女さまは、少し慌てて言いましたが、先生は少しも慌てず、言いました。
「それは、けっこうでございましょう。けれども、行き先は天国でも地獄でも、行ったら行きっ切りになってしまいますが、それでもよろしゅうございますか。」
「それは、困るわ。このことは無かったことにして、竹取物語をお続けなさい。」
「では、先を続けさせていただきましょう。
かぐや姫さまが大きくなると、この国の五人の貴公子が、何とかしてかぐや姫さまのお婿さまになりたいものだと思いました。」
「読めた。五人もの飛行士に気に入られたので、それでかぐや姫は天に昇ることができたのね。」
また王女さまの邪魔が入りましたが、国語大先生は、「えへん」と咳払いをして、王女さまの邪魔を払いのけました。
「かぐや姫さまは、実は、この世の方ではありませんでしたから、この世のどなたもお婿さまにすることはできません。そこで、五人の飛行士の一人ひとりに、決して解けることのない、難しい問題を出しました。
五人の貴公子のうちのまずお一人目は、石作皇子(いしづくりのみこ)さまというお方でした。かぐや姫さまがおっしゃいますには、『石作皇子には、仏の御石の鉢といふ物あり、それを取りて給へ』というのです。」
すると、王女さまが手を挙げて質問しました。
「先生、質問です。いまのは、どこの方言ですか。」
「これは、方言などではございません。」
「そんなこと、ないでしょ。だって、『いしづくりのみこには、ほとけのみいしのはちとイフものあり、それをとりてタマヘ』だなんて、よその地方の人には絶対にわかるはずのない、大変な方言だわ。とくに最後の『タマヘ』なんか、この国のことばとは、とても思えないわ。」
「それは、『たまえ』と読むのです。仏の御石の鉢と『イフ物』は、『イフ物』ではなく、『なになにという物』と読みます。
これは十世紀ごろ、すなわち、今を去る約千年余り昔の我が国のことばなのです。」
「千年! 千年の昔に生まれていたら、わたしはそんなことばをしゃべっていたの。」
「実際に人がそのように話していたかどうかは、確かではありません。その時代に文字で書かれたことばを今読めば、そんなふうに読めるということです。実際に、千年昔の人々が口で何と言っていたかは、ただいま、古いことばに詳しい国中の学者が研究を進めている最中なのです。」
「それじゃあ、先生、もしかしたら、これを書いた人は、口では、『石作りの皇子さんにゃあ、仏さんの石っころの鉢っちゅうもん、あんでござんす。そやよって、それをば、持っち来なんせえよォ』なんて、言ってたのかしら。」
「そうかも知れませんし、そうでないかも知れません。」
「まっ、いいかげんね。ところで先生、その『仏の御石の鉢』とは、なんですか。」
「これは、何と難しいご質問。昔、お釈迦さまが『寂滅』(じゃくめつ)、つまり、お亡くなりになりました。お釈迦さまがこれからいよいよ寂滅なさろうというそのときに、四天王と呼ばれる四人のお弟子さまがお傍に寄って、青い石でできた鉢を一つずつ、ご献上なされました。」
「つまり、何をなさったの?」
「鉢をお釈迦さまの前に差し出したのです。お釈迦さまは、四つの鉢をお受け取りになると、法力をもってこれを一つに合体なさいました。これが、中国のずっと西、西域(せいいき)と呼ばれるところにあると伝えられる、聖なる石の鉢でございます。昔の人は、それは天竺(てんじく)にあると思っていました。天竺とは、今で言うインドのことでございます。
かぐや姫さまは、それを取って来れば、石作皇子さまのお嫁さまになってあげようとのおおせなのです。」
これを聞いて王女さまは、大声をあげました。
「できっこないわよ、そんなこと。そもそも、この国から中国まで行くのだって、千年昔は命がけだったはずよ。そこからまた、馬やら駱駝やらに乗ったり歩いたりして西域まで行ってみたら、あら、残念でした、御石の鉢はここにはありません、天竺に行ってお探しなさい、なんて言われたら、泣いても泣き切れない。とてもできない相談だわ。
私だったら、どこかそこいらへんのお寺の裏庭にでも行って、古くなった石の鉢か何かを拾って来るわ。」
「実は、石作りの皇子さまは、その通りのことをなさいました。皇子さまは、王女さまと同じようなお考えをなさる方だったのでございます。」
王女さまは、この国語大先生のことばを聞きとがめました。
「あら、それって、わたしを誉めて言ってくださっていることばとは、少しも聞こえないけれど、私の思い過ごしかしら。」
「さあ、どうでございましょうか。それより、王女さま、お二人目の皇子さまのお話をお聞きなさりたくはありませんか。」
先生は、さっさと話を先に進めました。
「次の皇子さまのお名は、車持皇子(くらもちのみこ)と申し上げました。」
「くらくらするようなお名前の皇子さまね。
先生、わたし、ちょっと予習してきたので、質問があります。」
「えっ、王女さまが予習を?」
「困るのですか、わたしに予習されると。」
「そんなことは、ございません。ただ、予想しないことだったので、驚いただけでございます。何なりとおたずねくださいませ。」
国語大先生は、慌てて言いました。
「ではおたずねします。『くらもち』とは明らかに『倉持ち』のことなのに、なぜ先生の本には『車持ち』なんて書いてあるのですか。『くら』ということばには『倉』と『蔵』の二つの漢字があるから、そのどっちかなら納得がいくけれど、『車』だなんて、どう考えてもおかしいわ。
おかしいと思うことは、もう一つあります。それは、わたしが予習してきた国語の教科書には、「くらもち」とひらがなで書いてあることです。『倉』と『蔵』と『車』のどれが正しいか決められなかったのですか。」
「王女さまのおっしゃることは、もっともです。決められなかったわけではなくて、『車持』も『蔵持』も『倉持』も、全部正しいから平仮名で書いたのです。
竹取物語は、お寺の文書でもなく、お役所の文書でもなく、学問の書物でもなく、文学でしたから、初めから終わりまで、漢字ではなく平仮名で書かれていました。源氏物語も、それから有名な鉢かつぎ姫のお話が載っています宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)も、昔の文学作品は、すべてひらがなで書かれていました。」
「そんなことないわ。万葉集も古事記も日本書紀も、みんな漢字で書いてあるわ。」
「王女さまはよくご存知ですね。実は、万葉集や古事記や日本書紀が書かれたのは、竹取物語が書かれた時代より、もっとずっと前のことで、まだ、平仮名が生まれてはいなかったのです。はじめ、我が国のことばは、すべて、中国から輸入した漢字を使って書かれていました。」
「漢字が輸入品なら、箱にでも入れて、ロープで縛って、船に乗せて運んできたのですか。」
「そうなのです。荒波の荒れ狂う海の上を、何年もかけて、命がけで運んできたのです。王女さまは、よくご存知でいらっしゃいますね。」
「そうでもないわ。ぶすーっ。」
王女さまは、せっかく国語大先生の話の腰を折ろうと思って、でたらめを言ってみたのに、そのでたらめが当たってしまったので、幾分ご機嫌が悪くなりましたが、先生はかまわず先を続けました。
「後になって、平仮名が生まれてからは、文学作品はすべて平仮名だけで書かれるようになりました。今のように、漢字と平仮名を混ぜて使ったほうが便利だと考えるようになったのは、ずっと後のことなのです。」
「わかったわ。それなら、『くらもち』を漢字で書けばこんな字になると考えたのは、ずっと後のことなのね。」
「そうなのでございます。今もこの国には、倉持さん、あるいは蔵持さんという苗字がありますが、竹取物語の『くらもちのみこ』は、今の倉持さんや蔵持さんと同じ名なのだということが、さまざまな方がご研究なさって、だんだん分かってきたのです。
そのうえに、『倉持』も『蔵持』も、もとは『車持』と書いた、ということも分かるようになりました。ですから、『くらもちの皇子』を漢字で書こうとすれば、『車持の皇子』が一番、竹取物語の時代に近いのです。」
「なるほど。それで、車持皇子は、かぐや姫さまに何を持って来いと言われたの?」
「車持皇子には、東の海に蓬莱(ほうらい)といふ山あるなり。それに白銀(しろかね)を根とし、黄金(こがね)を茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それ一枝折りて給わらむ。」
これを聞いて、王女さまは、「まっ」と思いました。
「なんてまずそうな果物の木なんでしょう。根が銀で、茎が金でできている木になる果物なんて、カキンコキンで、食べたら前歯が折れて、かぐや姫は、歯がかけや姫だわ。
では、先生、三人目の貴公子は誰ですか。」
「三人目の貴公子は、安倍右大臣(あべの うだいじん)とおっしゃる方でございます。」
「まっ、大臣なの。大臣なら、貴公子なんかじゃないわ。右大臣と言えば、左大臣(さだいじん)より位が上で、それより上といえば、もう帝(みかど)しかないのよ。つまり、天皇の次の位の人でしょ。平安時代のことだから、そんな位の人なら、お嫁さんだって何人いるかわからないし、周りの人を押しのけるようなことも、いっぱいしたに違いない。そんな人がかぐや姫さまのお婿さんになりたいだなんて、許せないわ。」
王女さまは、かんかんになって言いました。
「まあ、まあ、王女さま。そうかも知れませんし、そうでないかも知れません。人というのは、会ってみなければ、わかるものではないのですよ。」
「それなら、安倍右大臣を、ここに連れてきてちょうだい。わたしが会って話をして、ふさわしくない人だったら、叱ってあきらめさせます。」
「えっ!」
国語大先生は、驚いて、あきれて、何と言えばよいのか、わからなくなってしまいました。
「やっぱりそうなんだわ。ふさわしくない人だから、私に会わせたくないのでしょう。いいわ、わたし、自分で右大臣をここに呼んで調べます。ええと、あら、どれかしら・・・。」
王女さまは、机の上にずらりと並んでいる呼び鈴を見て、はたと困りました。机の上には、小間使いを呼ぶ鈴、総理大臣を呼ぶ鈴、教育大臣を呼ぶ鈴、そのほかいろいろな鈴がありましたが、右大臣を呼ぶ鈴と左大臣を呼ぶ鈴だけはありませんでした。
「先生、なぜかしら?」
王女さまは、国語大先生にたずねました。
「さあ・・・ひょっとしたら、右大臣さまは、旅にでも出て、今はお留守かも・・・。」
先生は、ばからしいとも言えないので、いいかげんな返事をしました。
「旅・・・きっとそうだわ。だって、右大臣はかぐや姫さまに何かを探して来いと言われて、それを探しに行ってるんだわ。調べるのは、旅からもどってからにしましょう。」
国語大先生は、それを聞いて、ほっと胸をなで下ろしました。
「それがよろしいかと存じます。何しろ、安倍右大臣さまは、唐土(もろこし)にある火ねずみの皮衣(かわぎぬ)を給へと言われて、唐土の国へご出張なのですから。」
「まあ。唐土にある火ねずみの皮衣ですって。それは何ですか。」
「それはでございますね・・・。」
国語大先生は、王女さまに説明しました。
「火ねずみの皮衣と申しますのは、唐土、すなわち、大昔の中国の人々がこの世にあると考えていた想像上の品で、火中(かちゅう)、すなわち火の中から生まれた火ねずみの毛で織った布で、火に合っても焼けることのないもの、何かで汚れてしまったときには、これを火の中に入れれば、汚れはたちどころに消えてしまうという、不思議な布なのです。」
「では、四人目の貴公子は、何を持って来いと言われたの?」
「四人目の貴公子は、大伴大納言(おおともの だいなごん)とおっしゃる方で、この方に出された問題は、『大伴大納言には、竜(たつ)の首に五色(ごしき)に光る珠(たま)あり。それを取りて給へ』というものでした。」
「先生、おたずねしますけれどね・・・。」
王女さまが口をはさみました。
「そんな首飾りをつけた竜が、どこにいるというのです?」
「その竜は、九重の淵(ここのえのふち)という、それはそれは恐ろしい淵に住んでいます。この竜の首にかかっていますのは、五色に輝く、世にもまれな一個の真珠で、首飾りというわけではありません。」
「先生は、どうしてそんなことをご存知なのですか。かぐや姫さまが、先生にそう言ったのですか。」
「かぐや姫さまは、わたくしに何もおっしゃってはいません。唐の国に伝わる『荘子』(そうし)という大昔の書物をひもとくと、この竜の珠のことが書かれています。」
「本を読むことを、なぜ『ひんもどく』だなんて言うのですか」
「『ひんもどく』ではなく、『紐解く』、つまり、本のひもをといたのです。」
「本のページがばらばらになってしまわないように、紐で縛っておいたのですか。」
王女さまは、「おっほ、ほほほほ。このむだ話で10分はかせげる」と、心の中で笑って言いました。ところが、これは、むだ話にはなりませんでした。
「まあ、王女さま、そんなことまで予習なさってくださったのですね。それなら、お話し申し上げましょう。ずっとずっと大昔、まだ、紙というものが発明されていなかった昔、文字は竹の板や木の板の表面に書きました。そんな板が一枚で用がすむときには、その一枚をしまっておけばよかったのですが、5枚、10枚、ときには20枚、30枚でひとつの話になるときには、この板を紐でたばにしてしまっておきました。そして、必要なときにはこれを取り出して、紐を解いて読んだのです。」
国語大先生の返事を聞いて、王女さまは、残念そうに言いました。
「なんだ、そういうことだったの。それにしても、先生がそんなものを紐解いたりなさらなければ、かぐや姫さまだってそんな問題出さなかったかも知れないのに、めんどうなことをなさったものね。でも、仕方がないわ、もう紐解いてしまったものは。今ごろ、安倍右大臣は大変な苦労をしているでしょうね。」
そう言った後、王女さまはすぐに、「なに、だいじょうぶよ」と思い直しました。
「どの皇子もどの皇子も、誰一人として正直な皇子はいなかったのだから、みんな不合格だったのよね。安倍右大臣も、きっといいかげんなことでごまかそうとして失敗したにちがいないわ。
そんな大臣の話、もう聞きたくないから、先生、五人目の貴公子の話を聞かせてくださいな。この人も、きっと不合格だったにちがいないわ。五人目の貴公子は、何という名で、何を取りに、どこに行かされたのですか。」
「五人目の貴公子さまの名は、石上中納言と書いて、『いそのかみのちゅうなごん』さまと申し上げます。かぐや姫さまは、石上中納言に、こうおっしゃいました。」
『石上中納言には、つばくらめの持ちたる子安(こやす)の貝一つ取りて給へ』
「これは、簡単だわ。」
と、王女さまは言いました。
「だって、『つばくらめ』というのは、千年の昔のことばで、つばめのことでしょ。きっと、海岸近くに住んでるイワツバメのことだわ。イワツバメが口にくわえて飛んできた子安貝を横取りすればすむことよ。」
「さあ、どうでしょうか。そんなに簡単にはいかないかも知れませんよ。
アジャリ、グジャリ、ナムカラ、ナムカラ。熊の手のツメ、カエルの手のツメ、ヤモリのキバ。ああら、ナムカラ、ナムカラ。」
「あら、驚いた。先生、どうなさったの? そんなに目をむいて、変な呪文なんかとなえて。」
「シーッ。
王女さま、今、五人の貴公子たちの霊を呼び出しているのです。これから、一人ひとり、王女さまの目の前に出てきて、自分たちの旅のもようをお話しなさいます。
けれども、ここに大事なことがあります。この者たちは、皆、千年の昔の霊でございますから、王女さまは決して話しかけたり、返事をしたりなさってはなりません。それらの者と口をおききになりますと、王女さまの霊が千年の昔に吸い寄せられてしまって、王女さまのお体はここにあれども、たましいは千年のかなたをさ迷うことになります。ですから、ゆめゆめ、口をきくことなかれ、ナムカラ、ナムカラ、熊の手のツメ、カエルの手のツメ・・・。」
すると、あたりは突然、ぱっと、真の闇(やみ)になりました。
やがて、その闇の中のある場所が、ぼうっと明るくなってきて、その中に、ひとりの貴公子の姿が見えました。どこか、疲れた感じに見える皇子さまでした。
「あなた、だあれ?」
王女さまがたずねました。
「我は、千年の昔に、この世にいたる、石作皇子なり。」
「ああら、石作皇子さんだったの。西域か、もしかしたら天竺か、どっちかにあるという、仏の御石の鉢は、あったのですか。」
「天竺に二つと無き鉢を、百千万里のほど行きたりとも、いかで取るべきと思ひて、かぐや姫のもとには、今日なむ天竺へ石の鉢、取りにまかると聞かせて、三年ばかり経て、大和(やまと)の国、十市(とおち)の郡(こおり)にある山寺に、びんずるの前なる鉢の、ひた黒(ひたぐろ)に墨(すみ)付きたるを取りて、錦(にしき)の袋に入れて、造り花(つくりばな)の枝につけて、かぐや姫の家にもて行きて、見せたりけり。」
「あらっ、まっ、あなた、それは、いけないことなり、よ。
あなた、方言がきつくって、あなたの言っていること、よくわからないところが、あちこちにあるけれど、要するに、天竺まで行ったふりをして、どういうわけでか、墨が付いて真っ黒になった鉢があるのを見つけて、それにちょっと細工をして、きれいな袋に入れて、かぐや姫さまのところへ持って行ったのね。ちゃんと天竺に取りに行かなきゃ、だめじゃないの。」
「天竺にあるものも、持て来る(もてくる)ものかは。」
「天竺にあっても、そんなもの、持って来れるわけがない、というのね。そりゃあそうでしょうけれど、ほんとにお婿さまになりたかったら、かぐや姫さまをだまそうとしたりせずに、ちゃんと天竺に行くべきだったわよ。」
「天竺に二つと無き鉢を、百千万里のほど行きたりとも、いかで取るべき。」
「はるばる天竺まで行ってみても、広い天竺にたった一つしか無い鉢なんか、手に入るわけがないって? わたしもそう思うわよ。でも、『行ってきました』って言ったんでしょ。百千万里も行く代わりに、ほんとうはどこに行ってたの?」
「大和(やまと)の国、十市(とおち)の郡(こおり)にある山寺に、びんずるの前。」
「さっきも、そう言ってたわね。大和の国の十市の郡というのは、今のことばで言えば、奈良県十市郡(とおちぐん)のことでしょ。それって、実は、あなた、自分のおうちのことでしょ? どこへも行かずに、三年間、自分のうちにじっとかくれていて、『ハーイ、かぐや姫、ただいま』だなんて、ひきょうよ。
それで、あなたのおうちの近くの山寺の『びんずるの前』とは、何のこと?」
「なんじ、びんずる尊者(そんじゃ)のことを知らざるか。」
「知らないから聞いてるんじゃないの。」
「びんずる尊者とは、釈迦の弟子、十六羅漢の第一の尊者のことなり。」
「つまり、お釈迦さまのえらいお弟子さまたちの中に、特に十六人の羅漢(らかん)さまたちがいらっしゃって、その方たちは、あなたとちがってよくお勉強なさっていたから、尊者(そんじゃ)さまと呼ばれていらっしゃった。その十六人の中に、『びんずる』という名の方がいらっしゃったというわけね。」
石作皇子のことばの意味がやっとつかめましたが、それでも王女さまは、どうしてそんな方の像の前に石の鉢が置いてあったのか、まだわかりません。わけをたずねると、石作皇子は、こう返事しました。
「昔は、寺々の食堂(じきどう)に、びんずる尊者の像を立て、これに食物を供える(そなえる)を常としたるなり。」
「あらそう。それじゃあ、どこのお寺にも必ずある石の鉢を持って行ったのね。それなら、すぐに見破られてしまうわよ。」
「それが、すぐには見破られずにすんでいたなり。」
「あら、どうして?」
「だって、ひた黒に墨付きたるを取りて、錦の袋に入れて、造り花の枝に付けて持て来て見せければなり。」
「あら、そう。それで、ばれなかったわけね。」
「ところが」
「ほら、ごらんなさい。ばれちゃったのでしょう。」
「かぐや姫、怪しがりて・・・。」
「だれだって、あやしがるわよ。それで、どうなったの?」
「かぐや姫、怪しがりて見るに、鉢の中に文(ふみ)あり。」
「ふみというのは、お手紙のことね。あなたが書いて入れといたんでしょう。」
「その通りなり。かぐや姫、文を広げて見たれば・・・。」
海山の 路(みち)に心を 尽くし果て
ないしの鉢の 涙流れき
「何よ、それ?」
「和歌なり。」
「和歌だということは、分かるけど、意味がわからないわ。あなたが書いたの?」
「その通りなり。」
「で、どんな意味? 『海山の路に心を尽くし』は、何となく分かるけど、その先は、ごちゃごちゃだわ。『はてな、石の鉢の 涙 流れき』って、何なの?」
王女さまがたずねると、石作皇子は、「これは、そうは読まないなり」と言います。じゃあ、どう読むのかとたずねると、石作皇子の返事は、こうです。
「『海山の路に心を尽くし果て』まで、一気に読むなり。」
「わかったわ。海を越え、山を越えて、うんと遠くまで旅を重ねたものだから、もう、心がすっかり疲れちゃった、というわけね。ほんとうは、どこへも行かなかったんだけど。」
「その後は、『はてな、石の鉢』じゃなくて、『ないしのはちの涙、流れき』と読むなり。」
「まだ分かんないわ。」
「千年の昔の人なら、だれでも、ああ、これは『泣いしのは、血の涙、流れき』、つまり、『ぼくは、泣いたよ。血の涙を流して泣いたよ』と言っているのだ、とすぐに分かるなり。」
「なんだ、『泣いたよ、血の涙を流して』と『これは石の鉢なんだよ』との語呂合わせをしようと思ったわけね。今のは、ちょっと苦しかったわ。それで、かぐや姫さまは、その和歌と、にせの鉢を見たの?」
「見たるなり。」
「ああ、そう。それで、うまくだまされてくれたの?」
「かぐや姫、光あるやと見るに、蛍(ほたる)ばかりの光だに無し。」
「つまり、本物の『御仏の石』の鉢なら、後光(ごこう)がさしているはずなのに、見ると、後光どころか、蛍ほどの光も、露(つゆ)ほどの光も、なかったわけね。そりゃあ、そうでしょう。
で、かぐや姫さまは、どうしたの?」
「ぼくの和歌に、返事を書いて送ってくれたなり。」
「あ、そう。それで、何て書いてあったの?」
置く露の 光だにぞ 宿さまじ
おぐらの山にて 何求めけん
「この石の鉢は、露ほどの光も宿していなくて、あたりは、ほの暗い感じにしか見えない。あなた、おうちのすぐ近くの小倉山に行って、何を手に入れて来たのって、言われちゃったのね。
それで、どうしたの?」
「仕方がないので、われは、その鉢を門にすてて、歌の返しをす。」
「つまり、お寺から盗んで来た石を、門口にすてて、歌の返事をしたわけね。何て書いたの?」
白山(しらやま)に あえば 光の うするかと
鉢をすてても たのまるるかな
「なに、なに。あの白山のように光り輝いていらっしゃるあなたの前に置いたから、それで、光が薄れてしまったと思って、わたしは鉢をすてたけど、ひょっとしたら、いつかわたしのことを考えてくださるんじゃないかと、まだまだあなたの心を頼りに思っています、だって?
あなた、鉢をすてた後でも、まだそんな歌を送ったの。はずかしいと思わないの?」
「だから、面目なきことをば、『鉢をすつる』とは、言いける。」
「ほんとかしら。
でも、いいわ。もういいから、石作皇子さん、あきらめてあの世にお帰りなさい。」
王女さまがそう言うと、石作皇子は、いかにも面目なさそうな様子で、消えて行きました。
そのとき、国語大先生が、また、声をふりしぼって呪文をとなえました。
「ナムカラ、ナムカラ。」
すると、また、あたりが真っ暗になり、そこに、ぼうっと、ひとすじの光がさしてきて、その光の中に一人の貴公子の姿があらわれました。
「今度は、車持皇子さんね。あなたはどんな計略をめぐらしたの?」
すると、車持皇子は答えました。
「おおやけには、筑紫(つくし)の国に湯浴み(ゆあみ)にまからむとて、暇(いとま)申して・・・。」
「ああ、ちょっと待って。あなたの言うこともまた、よくわからないから、そこまでのところを、もういっぺん、分かりやすく言ってちょうだい。いつ、どこで、だれが大やけどなんか、しちゃったの?」
すると、車持皇子は、「とんでもない」と言いました。
「だれも、『大やけど』なんかしていないなり。『おおやけ』とは、『公』と書いて、天皇さまのことを言うなり。」
「なんだ。天皇さまに、ちょっと出かけてくるから、しばらくお暇をください、って言ったわけね。そしたら、天皇さまが、どこへ行くのかって、おたずねになったのね。」
「そうなり。」
「で、何て答えたの?」
「九州の筑紫の国に、『湯浴み』しに参ります、と答えたるなり。」
「あら、『湯浴み』って、温泉につかりに行きます、っていうことでしょう? で、天皇さまが、ああ、いいよ、ゆっくり遊んでおいでって、言ってくださったの?」
「湯浴みとは、遊びではなくて、重い病気を治すために、何日も温泉に入ることを言うなり。」
「つまり、わたしは病気です、と言って、大事なお仕事を休んだわけね。かぐや姫さまにもそう言って出かけたの?」
王女さまがたずねると、車持皇子は、
「もちろん、そんなことは言わないなり。かぐや姫の家には、『玉の枝、取りになむ、まかる』と言わせてなむ、まかる。」
と、答えました。
「あなたって、何かがんばって言おうとすると、『なむ』、『なむ』って、しきりに言うのね。竹取物語の時代の人は、みんな、そんなふうに言ってたの?」
「言っていたかどうかは、わからないけれど、文字でことばを書くときには、そんなふうにやっていたなり。」
「わたし、いま気がついたけれど、あなたって、頭がいいのね。白玉の枝を取りに唐土(もろこし)にあるという蓬莱山(ほうらいさん)行くためには、船に乗らなくちゃならない。そして、筑紫の国に行くにも、やっぱり船に乗らなくちゃならない。だから、ほんとうに船に乗ってみせれば、天皇さまのおそばの人たちは、ああ、車持皇子は筑紫の国に行ったと思い、かぐや姫のおじいさんとおばあさんは、ああ、車持皇子は唐土の蓬莱山めざして出かけていった、と思うわけね。
それで、実際はどっちに行ったの?」
「どっちにもなむ、行かなかったなり。」
「えーっ、うそーっ。」
かぐや姫さまは、思わず声をあげました。
つづく